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岩木山神社から

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6月の始めにトレーニングのつもりで少し負荷を掛け(荷物を背負って)八甲田を登り、その時に痛めた膝が回復せず、ずっと山へ行けていません。自転車は膝への負担が登山より軽いので、晴れた朝はできるだけ自転車をこいでいました。脚力を付けて膝をカバーしようという魂胆ですが、それでもなかなか膝の痛みは回復しません。先の日曜日も岩木山神社まで自転車をこぎましたが、あと数百メートルのところで後ろから来た若者にあっという間に追い越されてしまいました。まあ鼻から彼に敵うとは思っていませんが、こうも圧倒的なスピードの差で追い越されると気持ちが萎えます。まあトレーニングに励むしかありません。
まだ膝のMRIは撮っていません。受診する時間がないのと、もし手術となったらまたしんどい思いをしなければならないのかと思うと憂鬱になるのです。
しかしアコンカグアを登ろうと思うなら手術も必要なのかな〜。

写真は5月に行ったときの神社からスマホで撮った岩木山です。自撮りもありますが、載せるのは止めておきます (^_^;

八甲田レポート:残雪

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 6月初めの八甲田、まだ登山道は所々雪に覆われていますが、迷うほどではありません。迷いやすいところには親切に赤いテープで目印が結びつけれててあり、晴れていれば初心者でも安全に登れるでしょう。新潟で父子の悲しい山の遭難事故がありました。雪でルートを見失ったのでしょうか。父親の無念と子どもの不安を思うと胸が痛くなります。
もし山で道を見失ったら・・・分かるところまで引き返すのが鉄則です。引き返す方向も分からなかったら取りあえず、可能な限り藪漕ぎでも何でもして頂上を目指して登ることです。しかしその前に迷わないように地図とコンパスは必携です。常に自分が地図上のどこにいるを確認しながら登るのが望ましいです。

 さて先の日曜日、山はそろそろ花の季節を迎えようとしていました。毛無岱の湿原ではチングルマが咲き始め、稜線ではミヤマキンバイやコメバツガザクラが咲いていました。湿原がお花畑になるのはおそらく2週間程後でしょうか。

 トレーニングのつもりでリュックにペットボトルを何本も詰め込み、10kgほどの重さにして登り始めました。登りはいつも通りのペースでしたが、大岳山頂からの下りで左の膝が悲鳴を上げ出しました。痛みで思うように歩けません。また半月板でしょうか。結局ペースはがた落ちで、いつもは4時間前後のコースを屈辱の5時間越え。山頂で4、5人の若者の集団が走るように登って来るのに出会いました。そして彼らは飛ぶように降りて行きました。昔は自分もああだったのにと悔しさと諦めと・・・。8月初めに南アルプスを縦走するつもりでしたがどうも無理そうです。弱気になって一緒に行くことになっていた友達に連絡したら、叱咤され、まず膝のMRIを撮れと言われてしまいました。そして1泊でもいいから行こうよと。
月曜日は平地を歩くのも辛かったのですが、それでも少し痛みが引けた火曜日からは再び朝の自転車を再開したのでした、アコンカグアを夢見て。

立ち会い分娩

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 先週、娘が無事に男の子を出産しました。自分にとっての二人目の孫です。彼が産まれたのは夜8時過ぎ。娘の夫は陣痛が始まったとの知らせを聞いて東京から新幹線で青森に向かったのですが、残念ながら弘前に着いたのは夜の9時半。もう少しのところで我が子の誕生の瞬間には立ち会うことができませんでした。それでも病院側の配慮があったのか、彼が病院に駆けつけたとき、母親と産まれたばかりの赤ん坊はまだ分娩台の上でした。父親となったばかりの娘婿が感動しているのは良く分かりました。母親の胸に抱かれる赤ん坊を見て、「こんなことがあるのか〜」「凄いな〜」「おーおーっ!よく産まれてきたなあ〜」と何度も何度も我が子の頭を撫で、語り掛けていました。そして産まれた子どもとその父親を見詰める我が娘の、本当に幸せそうな表情が印象的でした。

 僕も妻の出産に立ち会うことはできませんでした。しかし本来、可能なら全ての男性は我が子の出産に立ち会うのが望ましいと思っています。その方がその後の子どもと父親との愛着形成もスムーズに行くはずですし、男性も育児にもっと積極的に参加することでしょう。

 ところで、夜、我が家で娘婿と祝杯を挙げ、色々と語り合う中で彼は「まるで神になったようだ」と言いました。神とはヒトの創造主という意味です。ちょっと変わった感情かなとも思いましたが、彼は優秀な男性でヒトの体の神秘をそれだけ分かっているということでしょう。彼の親馬鹿ぶりは大したもので、「君のお父さんは君をどう育てたのですか?」と聞くと、「母が言うには父も随分と自分を可愛がったようです」と言っていました。そう、育児の態度も世代間伝達するのですよね。

 写真は父親を見詰める生まれたばかりの孫の写真です。こうやって父親の顔は赤ちゃんに刷り込まれる(imprinting)のでしょうね。

岩木山二景

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 水田に張られた水がお山を映し綺麗です。新緑も日に日に濃くなり、花壇の花も賑やかで一年で一番華やかな季節ですね。

 横浜町の菜の花も見事ですが、鰺ヶ沢の菜の花も岩木山を背景にして正に絶景です。ここの菜の花、今は随分と知られるようになりましたが、20年ほど前はあまり知る人はいませんでした。師長の赤平がこれと同じ構図のポスターを見て、これは何処?と僕に聞いていきました。僕も知らなかったのですが、岩木山の形を見て、北側だろうと教えました。彼女はその情報だけを頼りに車で探し回り、あびた牧場周辺の菜の花を探し当てたのでした。それ以来、毎年僕もこの菜の花を見に出掛けています。牧場のソフトクリームも美味しいですよね。

岩木山レポート:残雪

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 先の日曜日、おそらく遅いだろうとは思っていましたが、カタクリの花を期待して岩木山へ向いました。例年だと丁度この時期なのですが、やはり今年は早かったようで、カタクリは既に萎れ、変わってスミレの群生が綺麗でした。5合目から上はまだ雪が多く、登山道も雪に覆われています。この季節の登山は慣れた人でないと道に迷うかも知れません。全部が雪に覆われていれば何処でも登れるのですが、下手に雪の上にルートを取ると、藪漕ぎを強いられる事になります。天気は午後から崩れるとの予報で登山客はほとんどいませんでした。
 2週続けて登って、心肺機能は大分調子よくなりましたが、どうもまた膝を痛めてしまったようです。来週は休養して膝の回復を待ってまた登るつもりです。夏山のためのトレーニングには山を登ることが一番です。

写真はおそらくタチツボスミレ。スミレは種類が多くて難しいです。

ギリシャの格言

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汝、己を振り返ることなく、相手を知ることは不可

 GWの初め、東京でのFOUR WINDSの幹事会で渡辺久子先生がギリシャのことわざとして紹介されていました。おそらくギリシャのアポロン宮殿の「汝自身を知れ」という有名な碑文を解釈したものでしょう。その短い碑文の解釈は様々あるようですが、僕は久子先生の解釈に納得が行きました。子ども達を診ていて、特に心の相談で来る子ども達と接していて、自分自身の感情にも変化が起こります。その自分の変化に気付くことなく診療することは危険でもあります。例えば子ども達が心を許してくれないとき、その原因は子ども側ではなく、自分自身にもあるかも知れないのです。相手を知るには自分自身を振り返りつつ、今の自分を俯瞰的に見詰めるところから始める必要があるのです。

 さて、写真は岳の湯段温泉の桜並木。今年の桜ももう終わりましたが、15年ほど前に同じ構図でこの桜並木の写真をアップしました。当時はこの並木の存在を知る人はほとんどいませんでした。それが桜も大きくなり、随分と知名度も上がったようです。見物客がたくさん来ていましたよ。

岩木山レポート:山への憧憬

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良く晴れた日曜日、お城の桜は満開だったようですが、今を逃すと来年までないとボードを担いで岩木山を目指しました。荷物を背負っているとは言え、百沢の登山口から山頂まで4時間も掛かってしまいました。学生時代は空荷で2時間、2年前でも3時間余で登っていましたから、この2年でガクッとペースが落ちてしまいました。まあ最近はほとんど山を登っていないので体力が落ちるのも無理もありません。年相応のペースでしょうか。水分摂取にも失敗して山頂に着く頃には脱水で吐き気とめまいまでする始末。少し休んだくらいでは回復しませんでした。喉が渇く前に意識して水分を摂る必要があるのですが、情けないの一言です。

僕の特性か4、5年に一度は無性に山へ行きたくなるようで、前に北アルプスを縦走したのは2013年の8月でした。その前は2008年のマッターホルン。そして今年の夏、南アルプスの縦走を計画しています。実は去年行くつもりだったのですが、腰のヘルニアで断念し、2年越しの計画となりました。8月初めの1週間、北岳から赤石岳まで5泊で縦走するつもりです。もう3、4日あると全山縦走可能ですがそれは諦めました。しかしたかだか10kg程の荷物を担いだだけの4時間の登山でバテているようでは先が思いやられます。年々体力が落ちるのが分かります。夏まで精進して体を鍛え直すつもりですが、それでも65歳で南米アコンカグアを登るのは難しいかなあ〜。

Diversity and Inclusion

 土曜日、小児科学会青森地方会の特別講演の講師は慶応大学小児科の教授でした。「Diversity and Inclusion」はその講演の中で出てきたフレーズです。講演のタイトルは「ヒトには6つの性がある(副題)」、ちょっと変わったタイトルです。その内容は、性を定義するには6つある。つまり染色体の性、性腺の性、内性器の性、外性器の性、gender identity、法律の性の6つの性。そしてそのそれぞれの性にDivercityつまり多様性がある。性を規定する染色体はXとYです。XYが男性、XXが女性。しかし1つの個体でXYとXXの両方の遺伝子が存在することがあるのだそうです。性腺にしても体の中に精巣と卵巣と両方を持つ人がいる。外性器にしても男性器と女性器の区別が難しいことがあることは知っていました。Gender identityに至っては極めて多様で、米国でFace Bookのアカウントを取得するときにはその性を選ぶのに〈男性・女性・その他〉があり、その他で60種類以上もの性を選択できるのだそうです。LGBT、元男性で今は女性とか、その逆、あるいは女性と男性のどちらでもないとか。それにしても60種類以上とは! 欧米社会はその性の多様性を受け入れている(include)が日本はまだまだ遅れているそうです。講演ではFace Bookをその例の1つとして出されました。
 Inclusionを一言で正確に訳す日本語の名詞はないようです。動詞のincludeは含まことを受け入れる、包み込むという意味でしょうか。

Diversity and Inclusion
 今社会は多様性を受入れ、共生して行くことが求められています。教育界ではインクルーシブ(inclusive)教育が提唱され、既にその実現に向かって動き出しています。性だけでなく、様々な障害を障害ではなく多様性と定義して、それを包み込む(include)必要があります。例えば発達障害はヒトの認知機能や性格の多様性ということですから共存は必然のことです。異質なものを排除する思想はあってはなりません。
インクルーシブ社会、世の中は確実にそこへ向かっているようです。

 慶応の先生だけあって話しはテンポ良く、あっという間の1時間でした。出身が同じ弘前大学と聞いて少し誇らしく思えました (^_^)v

ぼくはここにいる

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長崎の童話館のKさんから一冊の本が届きました。
「ぼくはここにいる」
20年前に書かれた児童書の復刻版です。
主人公のボクはイジメを受けて悩み、高層マンションの屋上へ上ります。高いフェンスを乗り越え、飛び降りようとしたその時、「お命、預からしてもらいます」と関西弁を話すホシが現れます。ホシとの様々なやりとりを通してボクの心は救われます。ホシが残した最後のメッセージが「ぼくはここにいる」でした。そう心の中で叫んでくれればいつでも君の前に現れるよと。

子ども達は皆、僕はここにいると叫んでいます。
しかしそれを言葉にできず、態度で示す子がいます。
お利口さんを装ったり、
わざとイタズラしたり、暴れたり、
叱られてでも自分を見て欲しい。

「ぼくはここにいる」

全ての大人がホシのように、その声が聞こえるようになることを願います。
子ども達だけでなく、お父さんお母さんにも読んで欲しい一冊です。
外来の本棚に乗せておきます。

小児抗菌薬適正使用支援加算

 今日のタイトルはこの4月から3歳未満の乳幼児で新たに認められた保険点数の項目です。点数は80点。保険点数は1点が10円になりますから、この加算を請求すると1件当たり800円の収益になります。これは乳幼児が風邪や下痢などで小児科を受診し、抗生物質を使用する必要がないと診断、それを説明した場合に初診に限り算定されるものです。国は不要の抗生剤使用を抑制し、医療費の増大を少しでも抑えようとしているものと思われます。あるいは掛かり付け医制度を推進するためかも知れません。(その制度の下では6歳まで算定可能になります)

 当院ではもう10年以上も前から抗生剤の適正使用、つまり不要の抗生剤を使わないことを心掛けてきました。取り組みを始めた最初の頃は患者さんが納得してくれるかどうかが不安で、言い訳のように抗生剤が不要の理由を詳しく説明していました。しかし最近は抗生剤を使わないことが当たり前になって、使う必要があるときにだけ説明するスタイルに変わってきました。
 さて今回の措置、何をか言わんやという感じで、何だがモヤモヤが晴れません。自分にとって当たり前のことをしているだけでお金をもらえるなんてちょっと変と思うのです。最近は、少なくとも小児科医は抗生剤の適正使用を心掛ける人が増えてきたように思います。しかしまだまだ不必要な抗生剤処方例を多く見かけます。適正な抗生剤投与を心掛けることは子どもの体にとっても好ましいことなのですが、しかしそれがお上の指導でなければ、それも金銭的な目先の利益がなければ進まないなんて情けないなと思うのです。むしろそれで抗生剤が本当に必要な時に使わず手遅れになることが出てきやしないかと心配になったりもします。

 古いカルテを見返すと、自分も随分と不適切な抗生剤処方をしていました。見ていて恥ずかしくなります。何が必要で何が不要かを考えて診療しているとどんどんお薬の数が減ってきました。ちょっと薬屋さんには申し訳なく思っていました。 (^_^;

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