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八甲田レポート:夏山

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 お盆休み、予定していた旅行を家族の健康上の理由でキャンセルし、代わりに八甲田を登っていました。天気予報では猛暑が予想されており、早出して涼しいうちに酸ヶ湯を出発しました。
 朝の清々しい空気を満喫しながら森を歩き、毛無岱の湿原に出ると、夏のキンコウカが盛りを迎えていました。しかし稜線ではもう秋風が吹き始め、イワギキョウやアキノキリンソウなど秋の草花が咲いていました。

 自分は7時前に登り始め、気温がピークの昼頃にはもう下山していたのですが、それでも水分摂取が不十分だったようで、熱中症気味となり少しめまいを感じていました。しかし昼近くになって登ってくる登山客も多く、この暑い中を登るのは大変というか大丈夫かしらと案じていました。山で体調を崩すと大変です。以前、山で歩けなくなったまだ小さな女の子を助けたことがありました。お父さんにその子を背負わせ、ロープウェイの休憩室に運び、経口補水療法でなんとか回復しました。山では無理は禁物です。特に子どもと山を登るときは子どもの体力に合わせた計画を立ててくださいね。

ナラティブとエビデンス

 先週、大学の小児科学教室に出向き、医局の先生方に「子どもの心の発達の理解と臨床」というタイトルで1時間のお話をしてきました。この10年ほどで自分が学んできたことの一部を話しました。実は1ヶ月ほど前に小児科の教授の元を訪れ、大学の若い小児科医達に子どもの心の講義をさせてくれと自分から頼んだのでした。子どもの心の発達の理解は身体を診るときにもベースとなると考えています。自分は若い頃、それを勉強して来ませんでしたし、勉強する機会もなかったのです。心の状態は身体の病気にも影響します。小児科医のベースとしてその理解が必要と考えています。

 心理学者のエリクソンという方は人の人生を8つの発達段階に分け、それぞれの段階に心理社会的危機があり、達成すべき課題がある。それを乗り越えることで力(virtue)を獲得すると述べています。今の自分の年齢は下から2番目の壮年期に当たります。その課題は「次世代を育成すること」、心理社会的危機は「停滞」。正に自分が考えていることとだと思いました。今、僕が考えていることは如何に後を育てるか、種を蒔くかということです。

 さて、自分の拙い講義は大学の若い小児科医達に伝わったでしょうか。心の話しはナラティブつまり物語の世界です。一方、大学の先生方はエビデンス実証の世界に生きています。様々なデータを読み解き重い病気を治療して行きます。かつて自分がそうだったように、きっと若い先生方は目の前にある膨大な文献の山に四苦八苦していることでしょう。心の物語に耳を傾ける余裕はないかも知れません。異質と感じたかも知れません。しかし少しでも心の片隅にそれが残ってくれることを願っています。

幼児肥満ガイド

 小児科学会誌の7月号で今日のタイトルの要旨が載っていました。成人の肥満が様々な健康被害をもたらすことが知られ、メタボなどという言葉が流行し、今でも健診で身長体重だけでなく腹囲もチェックされているのは皆さまもよくご存じとの通りです。最近は学童でも肥満や痩せを健診で割り出し、通知を出すようになりました。しかしその学童の肥満の始まりは幼児期にあり、幼児期からの肥満予防対策が望まれています。

 幼児の肥満に影響する因子は遺伝的な要因と環境要因がありますが、妊婦さんの肥満だけでなく逆に痩せも子どもが肥満になりやすい遺伝子のスイッチを入れてしまうようです。生まれてからの環境因子は
1)親の肥満
2)睡眠時間が10時間以下であること
3)座ってテレビを見るなど身体を動かさない時間が2時間以上あること
4)果糖を含むジュースや清涼飲料水をよく飲むこと
とありました。

そして乳児期は生活習慣を身につける時期であるため、幼児期からの肥満予防対策や肥満をそれ以上に増悪させないための指導は極めて重要であるとありました。

 肥満も予防接種と同じで、肥満になってからの指導よりも肥満にならないための指導が大切と言うことでしょう。弘前では1歳半の内科健診が個別健診になりました。1歳半健診は子どもの発達を見るのにとても大切な健診ですが、発育のバランスも注目して見て行きたいと考えています。
明日から直ぐにでも (^_-)-☆

レスパイト

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 先の連休、盛岡で開催された全国病児保育研究大会に参加してきました。レスパイトとはその研究大会のO会長の話に出てきた単語です。小休止という意味ですが、主に介護の分野で使われる言葉です。患者さんを一時的に入院させ、介護に疲れた家族に休息を取って貰うことで、むしろそれがより良い介護に繋がります。O先生はそのレスパイトを病児保育に当てはめ、子どもの看病に疲れたお母さんを病児保育で預かって、レスパイトさせるというのです。病児保育は素晴らしい子育て支援制度で、我々はこの事業を更に推し進めるべきと言っていました。しかし僕はちょっと違和感を感じていました。僕は病児保育の前に必要な施策があるのではないかと考えています。

 全国病児保育協議会にはことりの森開設時に大変お世話になりました。その恩もあって、協議会の活動には随分と協力してきました。しかし最近、僕の考える病児保育は協議会のそれと少しずれてきているのを感じています。O先生は講演で子どもが病気の時は病児保育室に預けてレスパイトし、子どもが元気になったら親子で一緒に遊びましょう、それがベストと言っていました。もちろん一緒に遊ぶのは良いのですが、可能であれば養育者が看病して、そして子どもが回復したら一緒にそれを喜ぶことで愛着は強くなると思うのです。しかし様々な事情でどうしても看病できないこともあり、それをサポートするのが病児保育事業だと思うのです。自由に看護休暇を取れない今の世の中の方がおかしいのではないでしょうか。国は病児保育事業を推し進めようとしています。しかしその前に僕はお父さんお母さんが安心して子どもを看病できる世の中になることを願っています。

 写真は研究大会の昼休みの企画で、弦楽四重奏のミニコンサートです。パイプオルガンのある素敵なホールでの、新日本フィルハーモニーの方の演奏は、心に染み入る素晴らしいものでした。

孫の試練

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 前回の夜泣きの記事ですが、少し訂正します。
お母さんが自然に、大らかに、子育てできるゆとりが必要と書きましたが、大切なのはそれが可能になるような周囲(家族やご近所)の思いやりですよね。
前の書き方だとお母さん一人に責任を押しつけているようで不適切でした。訂正します。

 さて、先週の土曜日、娘が1歳になる息子(つまり僕の孫)を連れて結婚式を挙げました。挙式はディズニーランド近くのホテルの協会で。式の間中、孫息子は泣き続けていました。いつもなら泣いたら直ぐに抱っこしてもらえるのに、ママのおっぱいを吸えるのに。抱っこしてもらえてもほんの短い時間だけ。貸衣装をよだれで汚す訳には行きません。娘の胸元に手を入れようとしますが、直ぐに制されます。ママが目の前にいるのに抱っこしてもらえないフラストレーションで彼は泣き続けました。新婦入場で僕が娘の手を取ってエスコートし、旦那さんにその手を渡すのですが、普通なら目頭が熱くなるところでしょうが、孫息子の泣き声に気を取られ、それどころではありませんでした。
彼には大きな試練でしたが、まあ娘がそれで幸せを感じるなら育児にも良い影響があるだろうということで𠮷としましょう。
式が終わって娘の部屋を覗きに行くと、そこにはニコニコと笑顔の孫息子がいました。

 多分、これはマルトリートメントなのでしょうが、それを上書きする幸せな思い出が積み重なれば良いのです。どんな子も幸せな楽しい思い出だけではありません。すべての子どもが多かれ少なかれ心に寂しさを気持ち、傷を受けています。しかしその傷も心の発達にとって必要なものです。そうでなければ他の人の心の痛みが分かる人にはなれないのですから。

残念な記事

 赤ちゃんの夜泣きで苦労されている方も少なくないのではないでしょうか。かく言う我が家も長女の夜泣きがひどく、確か生後2歳ころまで毎晩3、4回は泣きました。先日、読売新聞に夜泣きについての記事が載っていました。良い記事なら院内に張り出そうと思ったのですが、読んでみてちょっと残念に思いました。

夜泣きが子どもの発達に影響することもある、虐待に繋がる、睡眠障害の可能性もある・・・などと不安を煽り、
更には夜泣きの対策として、
生後6ヶ月以降は子どもが泣いてもしばらく見守る
生後9ヶ月以降であれば夜は断乳する。

まるで赤ちゃんの気持ちを無視しています。赤ちゃんに心がないと思っているのでしょうか。赤ちゃんの夜泣きの理由を考えず、泣いても抱っこせず放っておけとはあんまりだと残念に思いました。

 さて、漢方治療では夜泣きに使う幾つかの処方があります。代表的なお薬が甘麦大棗湯と抑肝散。これらは成人の不眠や不安症にも使われます。更に漢方治療では母児同服といって同じお薬を親子に飲ませる治療法があります。つまり夜泣きはただ子どもの問題ではなく、母親の不安、苛立ちを赤ちゃんが感じ、それで夜泣きをすることがあるので、母児同服は理に叶っているといえいます。漢方治療は経験の積み重ねで作られたお薬ですから、昔の人も夜泣きの原因を経験的に分かっていたのでしょうね。

 確かに生まれ持っての気質(性格)で神経質な赤ちゃんはいると思いますが、“子どもは親の心を映し出す鏡である”とよくいわれます。先ずは、お母さんがゆったりと構えていることです。自然に、大らかに、子育てできるゆとりが必要なのでしょうね。

岩木山レポート:山神様

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 日曜日、天気予報では終日の雨でしたが、朝空を見上げるとそれほどの悪天ではなさそうです。計画通りに岩木山の赤倉神社へと向かいました。以前にも一度この「院長のひとこと」に書いたのですが、岩木山には幾つかの登山路があります。嶽コースから反時計回りに百沢コース、弥生コース、赤倉コースそして長平コース。その中で赤倉コースが一番のお勧めです。急登は少ないのですが、その分少々長く、登るには時間が掛かります。この登山路は山岳信仰の道で、点々と続く石仏をたどる道です。石仏には下から順に番号が付いていて、一番上が33番。最後に標高1430mの大開からの水平道の途中に大きな聖観音が祭られています。山頂直下の登りまでは短いですが、見晴らしの良い尾根歩きも楽しめます。
 観音様(石仏)はそれぞれにお顔が違っていて、中でも9番の観音様が一番の器量良しです。若い頃は気にも留めなかったのですが、その他の観音様もそれぞれに趣があって、どこか外来に来る子ども達やお母さん、お父さんに似ています。

 膝を痛めてからこの季節に岩木山を登るのは久し振りでした。ボードで一気に滑り降りるならまだ良いのですが、標高差およそ1200〜1400mを一歩一歩降るのは随分と膝に負荷が掛かるのです。
 そんな訳で赤倉に来るのは何と6年ぶりでした。来てみて驚きました。随分と色々と変わっていたのです。変わったと言っても変わったのは人が作った物で、壊れかけていた橋は新しくなっていました。しかし社務所?が倒壊していたり、倒れている観音様もありました。標高1070mの鬼の土俵では祠が飛んで中の山神様がお姿を現していました。今までは祠の中でしたから、お目に掛かるのは今回が初めてでした。合掌!

 麓の赤倉神社の参道では、ブナの実が沢山の芽を出していました。そのほとんどは枯れてしまうはずです。しかしもし誰も歩く人がいなければこの参道も直ぐに緑に飲み込まれてしまうのだろうと想像していました。赤倉コースの登山道はよく整備されていますが、それでも人の手が入らないと直ぐに荒れてしまいます。南八甲田の登山道などは笹藪を刈っても刈っても直ぐにどこが道か分からなくなります。それが日本の自然なのでしょう。山を神と崇める気持ちが分かるような気がしました。

八甲田レポート:花の稜線

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 心落ち着く湿原や風爽やかな稜線歩きが好きで、春夏秋冬幾度となく八甲田を登ってきました。毎年5〜10回は登っています。これまでの登山回数は優に100回は越えるでしょう。学生時代は車がなかったので、滅多に登れませんでした。電車とバスを乗り継いで酸ヶ湯まで行くのですから大変でした。卒業し自分で車を持ってから、八甲田へ通うようになりました。それから既に35年になります。
 先の晴れた日曜日、赤倉から井戸岳の稜線を歩きつつ、あと何年こうやって登れるだろうと考えていました。若い頃とくらべ体力は随分と落ちました。足腰は弱り、もう8時間は掛かる南八甲田の黄瀬沼まで日帰りする元気はありません。北八甲田の1周4〜5時間くらいのコースが丁度良いです。しかしその北八甲田もおそらくあと10年もすればきつくなるでしょう。そう思うと稜線を彩る花々がいつもより愛おしく思えたのでした。

 友人と65歳に南米のアコンカグアへ行こうと約束しています。果たしてその時、それを成せる体力がまだ自分に残っているでしょうか。少し怪しくなってきました。

明治神宮の森

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 以前テレビで明治神宮の森は人が作った天然林だという番組を観て、いつかその森を歩いてみたいと思っていました。しかし東京へはよく行くのですが、時間に余裕がなく、都心にあってもこれまで一度も行ったことがありませんでした。先週、孫息子の1歳の誕生日のお祝いで上京した次の日の日曜日、奥さんと二人でその森を歩いてみました。森は明治神宮の鎮守の森として作られました。作られたのは今から90年前。当初から100年後を見据えて作られたのだそうです。つまり100年の時を掛け、それが自然林になることを想定して植樹されたのだそうです。天然林では森は自ら世代交代を繰り返し、人が手を加えなくても豊かに維持されます。明治神宮の森は現在ほぼ天然林相に近づいているそうですが、「それが本当かどうかは千年、万年という単位で見守らなければ分からない。そういう意味でこの森は興味の尽きない、見守って生きた森の一つです」と科学者は述べています。

 実は自分は高校生の頃、大学で生態学を研究しようと考えていました。図らずも医者になってしまいましたが、今でも森や野鳥、自然が好きです。大学で山岳部に入ったのも自然に触れ合いたいという気持ちからでした。医者になったことを後悔はしていませんが、もし生物学の道に進んでいればまた違った人生があったのだろうと楽しく想像したりもします。
 娘のマンションの窓から見る景色はコンクリートの建物ばかり。とても自分はそこで暮らせませんが、人も生き物、自然の中でこそ豊かに育つと思うのです。娘には必ず1年に何度か弘前に帰ってきて子ども達を自然の中で遊ばせることを約束させました。

八甲田レポート:雪原

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八甲田はなだらかな場所が多く、積雪期湿原は広い雪原となります。その平坦で特徴の無い地形は、一度霧で視界が悪くなるとルートを定めるのが難しく、迷いやすい場所でもあります。しかしその反面、晴れると遠くまで見通せ、気持ちの良いハイキングコースにもなります。
先の日曜日、山も良く晴れ、毛無岱の雪原の向こうの津軽平野に、岩木山が浮かんでいました。頂上稜線からは陸奥湾を隅から隅まで望み、白神の向こうには鳥海山、南には岩手の山々を望むことができました。
霧にかすむ森も好きですが、やっぱり晴れると気持ちいいですね。

バッテリーのトラブルで、写真はiPhonで撮影しました。最近の携帯は写真も結構綺麗に撮れます。

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