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虐待のニュースに思うこと

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虐待のニュースが繰り返し流され、またかと暗くなります。虐待対策が叫ばれつつも、新聞ではコロナ禍でむしろ虐待は増えていると報道されていました。コロナ禍で増大した不安が子どもに向けられるのでしょう。これほど大きな社会問題になっているのに我々は有効な手立てを打てないでいます。189(いち・はや・く)は児相への虐待通報ダイアルですが、その趣旨は「子ども達や保護者のSOSの声をいち早くキャッチすることと」あります。しかしそれで虐待が減ることはないでしょう。虐待を早く見付けても、虐待が無くなるわけではありません。虐待対策に必要なことは虐待を早期に見付けることではなく、虐待を予防することと考えています。ただそれは非常に困難なことです。何故なら虐待するリスクのある親への予防的な介入が必要だからです。

3歳の子に熱湯を浴びせて死なせてしまった男性だけでなく、それを止めることが出来なかった母親もまた虐待の加害者です。おそらく彼らのどちらにもその生い立ちに問題があったのだろうと想像します。深い心の傷があるに違いありません。もちろん亡くなった子どもは可哀想ですが、幼子を虐待せざるを得なかった彼らもまた不憫でなりません。

“虐待の連鎖”のことは随分と知られるようになりました。幼児期に虐待を受けた大人が子どもの声を聞くと、無意識に自らの乳幼児期の辛い記憶が蘇り、子どもに対して嫌悪感を抱き、虐待してしまいます。もちろん虐待を受けた人の全て自分の子どもを虐待するわけではありません。虐待せずに立ち直る人も少なくありません。しかしそれには周りのサポートが必要なのです。虐待予防に必要なことは正にそこへの介入です。
もう一つ大切なことは虐待とは単に身体的虐待だけではありません。ネグレクトやDVの目撃などの心理的虐待があり、むしろ身体的虐待よりそちらの方が心の傷は深いと言われています。そしてほんの些細な心の傷付きも、それが積もり重なると大きな心の傷として生涯残ってしまうのです。(マイクロトラウマの累積外傷と呼ばれています)
そうは言っても誰しも一つや二つの心の傷は抱えています。ただそれを上回る楽しい思い出があればそれで良いのです。

里もすっかり秋ですね。写真はススキ・・・だと思うのですが、どうもオギやヨシとの違いがよく分かっていません (^_^;

大自然レポート:秋の田茂萢湿原

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 前にも書いたように7月中旬娘が帰省し、9月の初めに無事に第2子を出産しました。それはおめでたいことなのですが、休日は何時も上の子に付き合って公園で遊んだりお出かけしたりと忙しく、お陰で今年の夏は山に登ることもバイクにも乗ることも出来てていません。「院長のひとこと」にはずっと大自然レポートを載せることが出来ないでいました。

 良く晴れた9月の連休、敬老の日に孫息子を連れて八甲田ロープウエーに乗ってきました。今年は山の紅葉を愛でることは諦めていたのですが、ロープウェーの山頂駅からすぐ近くの田茂萢湿原では既に紅葉が始まっていました。草もみじに赤く色付いたたナナカマド、黄色に輝くカエデの葉が青空に映え、アオモリトドマツの濃い緑とコントラストをなし、美しかったです。清々しい空気を思いっきり吸い込むと、沈んだ気持ちも晴れやかなります。自分のストレス解消法はやはり自然と触れ合うことだと実感しました。

 湿原の木道は草が被さり、まだ小さい孫息子には歩きにくかったようで、そのほとんどを肩車して廻ってきました。所々で「○○君は足も丈夫で、山も登れるんだね」とおだて、歩いてもらいましたが、一汗かきました。


 皆さんは自分なりのストレス解消法を持っていますか?このコロナ禍の抑うつを何とか乗り切りましょう。
コロナワクチンが進んで第6波が来ないことを祈るばかりです。

今年のインフルエンザワクチン

 今年もインフルエンザワクチンのシーズンが近づいています。昨年はインフルエンザの子はほとんどいませんでした。これは自分が医者になって初めてのことです。今年は流行るでしょうか?
 多くの感染症で流行しやすい季節があるのですが、昨年からその流行が読めなくなっています。全く例年のパターンから外れています。しかし昨年全く流行しなかったRSウイルスが今年は大流行しました。昨年流行しなかったので、RSウイルスに対する免疫を持たない、あるいは免疫が弱くなった子どもが増えて、その結果大流行に繋がったのではないかと言われています。同じ事がインフルエンザにも言えるのではないかと危惧しています。南半球では今年も流行しなかったそうです。北半球でも同じように今年も流行しないのかも知れませんが、それは分かりません。リスクマネジメントとして、予防接種はやるべきかなと考えています。

 さて、当院のインフルエンザワクチンですが、昨年予約無しでワクチンが入る限り、希望者を出来るだけ接種しようと頑張りました。予約無しだとそれ程混まないのではないかと考えたのです。しかしそれは間違いでした。インフルエンザワクチンの時間は外の廊下にまで長い行列が出来てしまいました。そう、密になってしまったのです。という訳でやはり今年は予約を取って接種することにしました。ただ、例年よりワクチンの生産が少ないようです。そこで今年は対象を当院を掛かり付けにしてくれているお子様(20歳以下)に限らせて頂きます。
そして日曜日に3回、集団接種を行います。密にならないように接種時間のチケットをお配りします。平日のワクチンは10人だけと限らせて頂きます。ただし、喘息などの基礎疾患があるお子様は予約無しで定期受診の時に接種します。
予約開始は10月1日からです。

お知らせにも掲示します。ご不明の点はスタッフにお問い合わせください。

赤い実

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 9月初め、娘が二人目の子どもを授かりました。丁度3000gの男の子でした。僕にとっては4人目の孫になります。里帰りでの出産でしたが、子どもが生まれる前の上の子(お兄ちゃんです)は甘えや我が儘が激しく、それでも娘は辛抱強く上の子に関わっていました。それを見て我が娘ながら大したものだと感心していました。
 娘が予定日より少し早い出産となり入院している間、自分と奥さんとでお兄ちゃんをみていたのですが、初日こそ「ママがいなくて寂しい」と言っていたものの次の日からは元気に遊んでいました。寂しいと自分の気持ちを表現できるのは良いことです。
 娘がいない間、お兄ちゃんを連れて”つがる地球村”に遊びに行きました。写真はその時に彼が摘んだ木の実です。「赤とオレンジと黄色と色んな色があるね。綺麗だね」とずっとその実を離さず、大事そうにポッケに入れて家まで持って帰りました。田んぼの稲もたわわに実り、ナナカマドも少しずつ、色づき始めました。昨日彼は家の近くの公園から長いフジの実と栃の実を拾ってきました。もう秋ですね。

 さて、そのお兄ちゃん、娘が退院して帰ってきた夜に言った言葉。「もうジジもババも好きじゃない」僕が赤ちゃんを抱こうとすると、「ジジは抱いちゃ駄目。ママが抱くの」と怒りました。もっともそれは最初の日だけで、次の日からはジジとババで赤ちゃんを抱っこし、その間お兄ちゃんはママと一杯遊んでいます。ママが退院して戻ってきたときのお兄ちゃんの様子を娘が動画に撮っていました。見せてもらいましたがとても興味深かったです。最初はこれは何者だ?という戸惑った表情。その後、恐る恐る近づき笑顔になりチューしていました。

 外来でお腹の大きなお母さんをみると、出来るだけ次子が生まれたときの上の子の反応とその対応を伝える事にしています。「もうお兄ちゃんでしょ」や「お姉ちゃんでしょ」は逆効果のことが多いものです。上の子の年によって対応は異なりますが、一杯あまえさせた方が早くに自立できますよ。

吃音

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 吃音、どもりのことです。実は僕自身、吃音があって、高校生の頃、苦労しました。始まりは小学校1年生でした。転校したのをきっかけにして吃りが始まり、ことばの教室へも通ったのですが、完全には治りませんでした。それでも小学校、中学校はそれ程困ることはなかったのです。それが田舎の中学校から札幌の進学校に進み、そのストレスからか再び吃音が強くなってしまいました。先生に当てられ、答えは分かっているのに言えず悔しい思いをしたことを覚えています。自分の名前を言えずに困ったことはよくありました。
 予備校の頃も酷く、食堂で好きな物を注文できなかったり、駅で切符を買うのに苦労したりした記憶もあります。今は切符は自販機で買えますが、その当時は近距離でも窓口で駅名を言わなければなりませんでした。大学に入り、精神的に落ちついたのか、ようやく吃音は軽くなりましたが、治ることはなく、今でも残っています。ただそこは年の功か、ずるくなって吃りそうになっても言い換えたりしてそれほど困ることはありません。

 先日送られてきた保育保健協議会の会誌に吃音の対策について書いてありました。よくまとまっていたので紹介します。


望ましい対応
①話し方に注目しないで、話の内容をしっかり聞く。会話を楽しむ。
②心配そうに聞くのではなく、ゆったりと聞く。
③どうしても言葉が出ないときには、子どもが話そうと思ったことを推測し、「○○なのね」と返してあげる。
④吃症状だけに注目しないで、得意なことや活躍できる場を設定し、自己肯定感が下がらないようにする。
⑤周囲の子どもへの対応は丁寧にする。年齢に応じてきちんと吃音について説明する。
⑥からかいに対しては、きちんとした対応をとる。

避けたい対応
①吃音を悪いもとと考え、吃音の話題を避けたり、吃音を治そうとする。
②「ゆっくり言ってごらん」などと言い方の注意をする。
③吃症状がありながらも話そうとしているのに、途中で話しを取ってしまう。


 幼児期の吃音は治ることも多いのですが、それが小学校まで続いた子、あるいは小学校から始まった子は、残念ですが生涯残ることが多いです。しかしそれも一つの個性、自分は自分と割り切れる心を育ててあげましょう。

 写真はまたまた鰺ヶ沢。この公園が広々として好きです。犬の散歩もOKなのでよく行きます。