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ナラティブとエビデンス

 先週、大学の小児科学教室に出向き、医局の先生方に「子どもの心の発達の理解と臨床」というタイトルで1時間のお話をしてきました。この10年ほどで自分が学んできたことの一部を話しました。実は1ヶ月ほど前に小児科の教授の元を訪れ、大学の若い小児科医達に子どもの心の講義をさせてくれと自分から頼んだのでした。子どもの心の発達の理解は身体を診るときにもベースとなると考えています。自分は若い頃、それを勉強して来ませんでしたし、勉強する機会もなかったのです。心の状態は身体の病気にも影響します。小児科医のベースとしてその理解が必要と考えています。

 心理学者のエリクソンという方は人の人生を8つの発達段階に分け、それぞれの段階に心理社会的危機があり、達成すべき課題がある。それを乗り越えることで力(virtue)を獲得すると述べています。今の自分の年齢は下から2番目の壮年期に当たります。その課題は「次世代を育成すること」、心理社会的危機は「停滞」。正に自分が考えていることとだと思いました。今、僕が考えていることは如何に後を育てるか、種を蒔くかということです。

 さて、自分の拙い講義は大学の若い小児科医達に伝わったでしょうか。心の話しはナラティブつまり物語の世界です。一方、大学の先生方はエビデンス実証の世界に生きています。様々なデータを読み解き重い病気を治療して行きます。かつて自分がそうだったように、きっと若い先生方は目の前にある膨大な文献の山に四苦八苦していることでしょう。心の物語に耳を傾ける余裕はないかも知れません。異質と感じたかも知れません。しかし少しでも心の片隅にそれが残ってくれることを願っています。

レスパイト

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 先の連休、盛岡で開催された全国病児保育研究大会に参加してきました。レスパイトとはその研究大会のO会長の話に出てきた単語です。小休止という意味ですが、主に介護の分野で使われる言葉です。患者さんを一時的に入院させ、介護に疲れた家族に休息を取って貰うことで、むしろそれがより良い介護に繋がります。O先生はそのレスパイトを病児保育に当てはめ、子どもの看病に疲れたお母さんを病児保育で預かって、レスパイトさせるというのです。病児保育は素晴らしい子育て支援制度で、我々はこの事業を更に推し進めるべきと言っていました。しかし僕はちょっと違和感を感じていました。僕は病児保育の前に必要な施策があるのではないかと考えています。

 全国病児保育協議会にはことりの森開設時に大変お世話になりました。その恩もあって、協議会の活動には随分と協力してきました。しかし最近、僕の考える病児保育は協議会のそれと少しずれてきているのを感じています。O先生は講演で子どもが病気の時は病児保育室に預けてレスパイトし、子どもが元気になったら親子で一緒に遊びましょう、それがベストと言っていました。もちろん一緒に遊ぶのは良いのですが、可能であれば養育者が看病して、そして子どもが回復したら一緒にそれを喜ぶことで愛着は強くなると思うのです。しかし様々な事情でどうしても看病できないこともあり、それをサポートするのが病児保育事業だと思うのです。自由に看護休暇を取れない今の世の中の方がおかしいのではないでしょうか。国は病児保育事業を推し進めようとしています。しかしその前に僕はお父さんお母さんが安心して子どもを看病できる世の中になることを願っています。

 写真は研究大会の昼休みの企画で、弦楽四重奏のミニコンサートです。パイプオルガンのある素敵なホールでの、新日本フィルハーモニーの方の演奏は、心に染み入る素晴らしいものでした。

孫の試練

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 前回の夜泣きの記事ですが、少し訂正します。
お母さんが自然に、大らかに、子育てできるゆとりが必要と書きましたが、大切なのはそれが可能になるような周囲(家族やご近所)の思いやりですよね。
前の書き方だとお母さん一人に責任を押しつけているようで不適切でした。訂正します。

 さて、先週の土曜日、娘が1歳になる息子(つまり僕の孫)を連れて結婚式を挙げました。挙式はディズニーランド近くのホテルの協会で。式の間中、孫息子は泣き続けていました。いつもなら泣いたら直ぐに抱っこしてもらえるのに、ママのおっぱいを吸えるのに。抱っこしてもらえてもほんの短い時間だけ。貸衣装をよだれで汚す訳には行きません。娘の胸元に手を入れようとしますが、直ぐに制されます。ママが目の前にいるのに抱っこしてもらえないフラストレーションで彼は泣き続けました。新婦入場で僕が娘の手を取ってエスコートし、旦那さんにその手を渡すのですが、普通なら目頭が熱くなるところでしょうが、孫息子の泣き声に気を取られ、それどころではありませんでした。
彼には大きな試練でしたが、まあ娘がそれで幸せを感じるなら育児にも良い影響があるだろうということで𠮷としましょう。
式が終わって娘の部屋を覗きに行くと、そこにはニコニコと笑顔の孫息子がいました。

 多分、これはマルトリートメントなのでしょうが、それを上書きする幸せな思い出が積み重なれば良いのです。どんな子も幸せな楽しい思い出だけではありません。すべての子どもが多かれ少なかれ心に寂しさを気持ち、傷を受けています。しかしその傷も心の発達にとって必要なものです。そうでなければ他の人の心の痛みが分かる人にはなれないのですから。

残念な記事

 赤ちゃんの夜泣きで苦労されている方も少なくないのではないでしょうか。かく言う我が家も長女の夜泣きがひどく、確か生後2歳ころまで毎晩3、4回は泣きました。先日、読売新聞に夜泣きについての記事が載っていました。良い記事なら院内に張り出そうと思ったのですが、読んでみてちょっと残念に思いました。

夜泣きが子どもの発達に影響することもある、虐待に繋がる、睡眠障害の可能性もある・・・などと不安を煽り、
更には夜泣きの対策として、
生後6ヶ月以降は子どもが泣いてもしばらく見守る
生後9ヶ月以降であれば夜は断乳する。

まるで赤ちゃんの気持ちを無視しています。赤ちゃんに心がないと思っているのでしょうか。赤ちゃんの夜泣きの理由を考えず、泣いても抱っこせず放っておけとはあんまりだと残念に思いました。

 さて、漢方治療では夜泣きに使う幾つかの処方があります。代表的なお薬が甘麦大棗湯と抑肝散。これらは成人の不眠や不安症にも使われます。更に漢方治療では母児同服といって同じお薬を親子に飲ませる治療法があります。つまり夜泣きはただ子どもの問題ではなく、母親の不安、苛立ちを赤ちゃんが感じ、それで夜泣きをすることがあるので、母児同服は理に叶っているといえいます。漢方治療は経験の積み重ねで作られたお薬ですから、昔の人も夜泣きの原因を経験的に分かっていたのでしょうね。

 確かに生まれ持っての気質(性格)で神経質な赤ちゃんはいると思いますが、“子どもは親の心を映し出す鏡である”とよくいわれます。先ずは、お母さんがゆったりと構えていることです。自然に、大らかに、子育てできるゆとりが必要なのでしょうね。

明治神宮の森

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 以前テレビで明治神宮の森は人が作った天然林だという番組を観て、いつかその森を歩いてみたいと思っていました。しかし東京へはよく行くのですが、時間に余裕がなく、都心にあってもこれまで一度も行ったことがありませんでした。先週、孫息子の1歳の誕生日のお祝いで上京した次の日の日曜日、奥さんと二人でその森を歩いてみました。森は明治神宮の鎮守の森として作られました。作られたのは今から90年前。当初から100年後を見据えて作られたのだそうです。つまり100年の時を掛け、それが自然林になることを想定して植樹されたのだそうです。天然林では森は自ら世代交代を繰り返し、人が手を加えなくても豊かに維持されます。明治神宮の森は現在ほぼ天然林相に近づいているそうですが、「それが本当かどうかは千年、万年という単位で見守らなければ分からない。そういう意味でこの森は興味の尽きない、見守って生きた森の一つです」と科学者は述べています。

 実は自分は高校生の頃、大学で生態学を研究しようと考えていました。図らずも医者になってしまいましたが、今でも森や野鳥、自然が好きです。大学で山岳部に入ったのも自然に触れ合いたいという気持ちからでした。医者になったことを後悔はしていませんが、もし生物学の道に進んでいればまた違った人生があったのだろうと楽しく想像したりもします。
 娘のマンションの窓から見る景色はコンクリートの建物ばかり。とても自分はそこで暮らせませんが、人も生き物、自然の中でこそ豊かに育つと思うのです。娘には必ず1年に何度か弘前に帰ってきて子ども達を自然の中で遊ばせることを約束させました。

感染症サーベイランス

 昨夜の急患診療所では朝から嘔吐している子が比較的多く受診されました。インフルエンザは0でした。疑いは他県から来た1例だけ。しかしまだ発熱から時間が経っていなかったので、検査せず麻黄湯のみ処方しました。急患診療所に出るとあちこちから患者さんが来るので中弘南地域の流行状況がより分かります。

 当院の感染症発生動向と県の感染症発生動向とを比較すると、中弘南地域の各感染症の1/2から1/4が当院からの報告ですが、インフルエンザに関してはいつも1/5以下で、週によっては1/20以下ということもあります。もちろん中南地域の中でも更に流行している区域とそうでない区域があるので一概には言えませんが、僕と他の先生のインフルエンザの捉え方の違いで差が出るのかなと思ったりします。つまり僕は極めて軽症のインフルエンザを診断する必要は無いと考えています。怪しいなと思っても元気そうなら敢えて検査しないことも良くあります。そしてインフルエンザであってもそうでなくてもどちらでも良いように漢方薬を処方します。発熱患者全員の検査はしていませんし、熱のない隠れインフルエンザなんて頼まれても検査しません。全ての感染者を洗い出そうとすれば、毎日校門の前で全員に検査する必要があります。それは不可能ですし無駄なことです。

 しかし例えばエボラ出血熱などといった重症感染症であれば話しは違います。極めて致死率が高い感染症であれば、積極的に診断するでしょう。その感染症の重症度、感染力、感染経路で対応を考える必要があります。僕はインフルエンザを重症感染症とは捉えていません。ただ、稀にある重症の合併症を見逃さないようにすることが肝要と考えています。

働き方改革

 世の中の色々な場所で働き方改革が叫ばれていますが、開業医も働き方改革をする必要がありそうです。先日とある医療系の情報誌に、開業医の平均寿命が70.8歳とありました。60歳代で亡くなる開業医が最も多いのだそうです。勤務医時代からのハードワークを引きずり、開業してからは尚更診療時間が長く、心身ともに疲れ様々な病気に罹ってしまうのでしょう。


 弘前市内のある人気の皮膚科の先生が受付時間を平日17時、土曜日11時にすると聞きました。この先も長く診療を続けるためには少し仕事量を減らす必要があると判断したようです。先日も1日の患者数が170人を越えたとか。当院でも受付時間を18時までと短くし、また少子化もあってか、患者数は年々減少し、1日100人を越えることも少なくなってきました。しかしその代わり診療に時間の掛かる子を診るようになって、やはり帰宅時間は8時を回ることも少なくありません。僕だけでなくスタッフも疲れています。

 働き方を改革するには単に診療時間を短くすれば良いというだけではないでしょう。その内容も問われのだると思います。仕事をして報われる思いが必要なのでしょう。そして自分たち自身が心身ともに健康で、心に余裕が必要です。診療のレベルを上げる必要もあります。

当院の働き方改革・・・思案中です。

一升餅

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 去年生まれた初孫の1歳のお祝いで札幌へ行ってきました。生れて9日目でしっかりと父親(僕の息子)を見て笑顔になった孫娘は、もうよちよちと歩き始めていました。両家のじじばばも集まり、一升餅を背負わせ、皆で彼女の健やかな成長を喜び、将来の幸せを祈念したのでした。

 それにしても日本には子どもを祝う行事のなんと多いことか。子どもを大切にする文化は今も確実に息づいています。しかし一方で虐待のニュースは絶えることがありません。それは単に虐待する親だけの問題ではなく、やはり日本社会の歪みの現れと思っています。虐待を予防するには責めるのではなく、虐待する親を支援し、彼らが抱える不安に寄り添うことが大切だと考えています。

スマホと脳機能

 先週、NHKのクローズアップ現代という番組でスマホと脳機能の話題が取り上げられていました。「最近30〜50代の働き盛りの成人で、物忘れが激しくなったり、意欲の低下、感情鈍麻などの症状がみられる人が増えてきた。その原因としてスマホが原因ではないか」と趣旨の番組でした。つまりスマホからの膨大な情報が絶えず入ってくることにより、それを処理しきれなくなっていると言うのです。「スマホによる脳過労」「オーバーフロー脳」などと呼ぶ脳科学者もいるとか。脳が情報処理するには“ぼんやり”する時間が必要なのだそうです。それが四六時中スマホをみることで脳が疲れ切り、情報がオーバーフローする(脳から溢れる、漏れ出る)ということなのでしょう。脳の過労状態は脳血流量も低下するそうで、その結果、脳機能が低下し、記憶力低下など様々な症状として出てくるということのようです。それから回復するには、スマホやタブレットなどを断ち、自然に親しみ、のんびりと過ごすことなのだそうです。
きっと子どもの脳には、大人以上にその影響が出るでしょうね。

下にテレビに出ていたスマホ依存の行動チェックリストを挙げておきます。皆さんはいくつ当てはまりますか?

 1.スマホはいつも手元にスタンバイ
 2.時間が空いたらスマホを取り出す
 3.疑問が浮かんだら、すぐに検索
 4.覚えておくために「写メ」を撮る
 5.スマホなしでは初めての場所へ行けない
 6.スマホ以外で調べものをしない
 7.いつも時間に追われている
 8.情報に乗り遅れることが怖い
 9.着信音やバイブレーションの空耳が聞こえる
 10.夜、ふとんの中でスマホをやっている

実はこの表を「スマホ」で撮影している僕でした (^_^;

2種類のハグ

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新年のご挨拶を書かないまま、松の内もとうに過ぎてしまいました。これが今年最初の「院長のひとこと」です。

今年は元旦からクリニックの除雪していない駐車場に無理矢理入り、車を亀の子状態にしてしまって脱出するのに一苦労。帰省して遊びに来ていた孫をあやそうとひねって腰を痛め、20年間毎年行っていたニセコ行きを断念したりと、新年早々トラブル続きでした。
今年は意識改革し、できないことは無理しない、できることだけ頑張ろうと思っています。そして弱った体を鍛え直そうと新年の誓いを立てました。(ついついオーバーワークになる自分を反省しています)

さて、新年最初の話題はハグ。年末に、当院に来てくれている心理士さんから聞いた話です。ハグに2種類ある。それは子どもが不安を感じた時、「大丈夫、大丈夫」と抱きしめるハグと、子どもを「愛おしい」とギューッとするハグ。どちらも大事。その親子にどちらが足りないかを見極め、足りない部分をサポートする事が大切と言うのですが、なかなか難しいですね。

正月、しばらく我が家で過ごしていた孫達は大分“じいじ”にも慣れ、泣かずにハグさせてくれました。腰は痛いですが、孫達の笑顔に心は幸せでした。

それでは皆様、本年もHP、クリニック共々ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

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