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タンポポの花とランの花

 最近時々、うちの子はHSCですか?という質問を受けるようになりました。それまで自分はその言葉を聞いたことがなく、全く知識がありませんでした。ネットで調べると、HSCとはHyper Sensitive Childの頭文字だそうで、直訳すると過敏な子、繊細な子という意味になるでしょうか。アメリカの学者が提案し、その概念が日本に導入され、近年急速に保育関係者を中心に広まってきたとありました。
 これは子どもが生まれつき持っている気質の話しで 、病名ではありません。しかし貴女のお子さんはHSCですねといわれた親はさぞかし不安になるだろうなと心配になりました。

 僕が教えを請うている渡辺久子先生はもう四半世紀も前から子どもの気質を「タンポポの花タイプ」「ランの花タイプ」と分かり易い言葉で説明されています。「タンポポの花タイプ」のお子さんは踏まれても踏まれても逞しく花を咲かせる。しかし「ランの花タイプ」のお子さんは繊細で水やりや日当たりなど丁寧に世話をしないと花を咲かせない。でもそうやって手を掛けてあげると素晴らしく美しい花を咲かせてくれる。丁度そのランの花タイプがHSCなのだろうと思いますが、ランの花と言われた方がなんだか暖かく素敵ですよね。
 繊細な気質のお子さんの子育ては少し大変かも知れませんが、基本は親御さんが、関わる周囲の大人が気持ちを大らかにして愛情深く接することと思います。ただ悩むお母さんには周囲のサポートが必要でしょう。

 HSCと言われて何のことか分からず始めは動揺しましたが、調べてみて、お母さんを不安にさせるようなそのような言葉はあまり感心しないなと思いました。

ニセコの街

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 去年は孫と遊んでいて腰を痛めて行けなかった冬のニセコ、今年は万全の体調で向かいました。しかし全国的な暖冬少雪はニセコも同じで、ゲレンデこそ滑走可能でしたが、ゲレンデ外は積雪が少なく、ブッシュで滑ることが出来ませんでした。ゲレンデの雪も硬い圧雪で転ぶとダメージが大きく、とても柔らかな深雪を滑るときの、あの宙を舞うような快感を味わうことは出来ませんでした。

 それはさておき、ニセコの町はこの数年で随分と変わってしまいました。まるで外国の街を歩いているようでした。お店の看板もメニューも英語です。歩いている人も8割方外国の方。日本人かなと思ってもその多くは中国(おそらく台湾?)の方です。ニセコは倶知安町にありますが、倶知安の全人口の12%が外国人だそうです。おそらくその大部分はニセコに集中しているでしょう。スキー場の周辺には素敵な別荘やレストランが建ち並び、高級ホテルがどんどん出来ています。それに伴い土地や物の値段も上昇しているそうで、僕が定宿にしていた昔ながらの2食付きで1万円以下の山荘はもうありません。ゲレンデ内のヒュッテでも外国の方が沢山働いています。なんだか落ちつきません。これはバブルなのではないだろうか。いつか破綻し、スキー場も閉鎖されるのではないかと心配になります。ニセコだけでなく、外国資本が日本のあちこちの土地を買っているという話しも聞きます。自由主義は良いのですが、自分の国を守るためにはある程度の規制は必要なのではないだろうかと思っていました。

まあ、雪質は残念でしたが、ホテルには温泉もあり、友人の持ってきた日本酒も美味しく楽しい旅行ではありました。

こんな冬は今年だけであることを祈ります。
地球の温暖化、全世界レベルの異常気象の一つではないと良いのですが・・・。

謹賀新年

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新年、明けましておめでとうございます。

 皆さまはどのようにお正月をお過ごしでしょうか。
我が家では今年二人の子ども達が家族を連れて帰省してくれ、本当に久し振りで家族全員が揃いました。奥さんは将来どちらか一人でも弘前に戻ってきてくれることを願っていますが、二人ともそれぞれの土地にしっかりと根を下ろし生活しているようでした。当分その夢が叶うことはないでしょう。
 二人の孫達はすくすくと成長し、片言の言葉を話すようになっていました。自己主張し、「嫌!」と言い始め、親たち(自分たちの息子や娘)を手こずらせていましたが、彼らは上手に対応していました。彼らが上手に相手してあげられているのは彼らの親つまり自分の奥さんやパートナーのご両親が上手に育ててきたからでしょう。それにはとても感謝しています。僕は彼らが子どもの時に充分関わってやれなかったと反省しています。

 写真は藤崎のハクチョウです。孫達に見せに連れて行ったのですが、餌やり禁止とあって少し残念でした。

今年も無理しない程度にブログを更新して行きます。
ニュースレターも。
それでは今年一年が皆さまにとって素晴らしい年となりますよう心から祈念しております。

小児科専門医

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 自分が小児科の専門医を取得したのは今から16年前でした。当時は専門医制度が始まったばかりで取得するのは容易でした。というより小児科学会に何年か以上所属していただけで全員が取得できました。もちろん今は取得するのは厳しく、指定された医療機関の研修が必要で、レポートや試験もあります。そして5年毎の更新が必要です。これまでは5年毎に毎回更新してきたのですが、あまりその資格に必要性を感ぜず、しかも2年前から更新の手続きが非常に煩雑になったこともあって次は更新しないと決めていました。しかし突然、12月からADHDの薬を処方するのに専門医の資格が必要になるとの通達があり、慌てて更新することにしました。しかしそれが結構大変で、提出書類を揃え、単位を取るのに四苦八苦しています。
元々、「見かけより実があればそれでよし」などと思っていたので、資格や役職に固執しておらず、専門医を失うことをなんとも思っていませんでした。しかし診療に支障がでるとなるとそうも行きません。頑張って更新することにしました。

 それにしても○○専門医だからといって、それが臨床に直結し、しっかり患者の病状に即した医療が出来るとは限りません。色々と疑問を感じます。

 文化の日の振替休日となった月曜日、我が家の愛犬を連れて十和田湖に行ってきました。彼は春に椎間板ヘルニアを患い下半身が完全に麻痺してしまったのですが、懸命のリハビリでなんとか歩けるようになりました。今は毎日楽しく散歩しています。

岩木山レポート:紅葉と石仏と

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 即位礼正殿の儀が執り行われた10月22日、弘前出身の今は函館で開業しているA先生に岩木山登山を誘われました。山は下半分が丁度紅葉の見頃を迎えていました。行きたいのは山々でしたが、残念ながら膝がまだ回復しておらず諦めました。A先生は一人で赤倉口から登られたようで、メールでその時の写真を送ってくれました。メッセージに「地元の御仁とスライドしましたが、その方が観音様に可愛いイタズラをしてくれました。行きは笹の葉をお持ちでしたが、帰りは紅葉した枝を持たせてくれてました」とありました。

 僕の膝は痛めてからそろそろ4週間目になります。少し違和感がなくなり、日曜日久し振りでフィットネスで汗を流しました。無理せず、少しずつリハビリして行きます。以前膝を診てもらった隣の記念病院の院長先生が、スポーツ選手の故障の原因はほとんどがオーバートレーニングだと言っていました。全くその通りです。皆、ストイックなのですよね。

 大分前にこの「院長のひとこと」に載せましたが、以前一緒にマッターホルンを登った友人から南米のアコンカグアを誘われていました。その時、「5年後の65歳になって、その時まだ体力が残っていれば一緒に行こう」と約束しました。来年がその年です。まだ行けるかどうか分かりませんが、具体的な目標があれば頑張れます。ただアコンカグアを登るには1ヶ月のお休みが必要です。ハードルはかなり高い。しかし先ずは焦らず、山へ行ける体力を作り直そうと考えていました。

写真の掲載はA先生に了解を得てあります。
ねっ! 素敵な写真でしょ。なんだかほっこりしますよね (^-^)

でもやっぱりママが好き

 前の「院長のひとこと」から随分と更新できずにいました。例年なら八甲田の紅葉をレポートするはずが、10月の初め、まだ暗いうちにジョギングに出掛け、車を避けようと歩道に移ったところ少しの傾斜が見えず、転倒し膝をぶつけてしまいました。その時はそのまま走ったのですが、ジョギングから帰ってきたら手からは血が出ているし、膝もだんだんと痛み始めました。それから3週間になりますが、まだ治りません。山どころかフィットネスにも行けずにいました。
それでも幾つかの講演会や勉強会には出掛け、忙しくて更新できずにいました。興味ある話題は色々とあったのですが・・・。

 最近で一番心に残ったフレーズ。
NHKでやっていた八戸の書道の先生の話題です。その先生は障害のある子ども達に習字、いや書道を教えているのですが、子どもが感じあるままに自由に字を書かせていました。その番組の中である子どもの毛筆の書が素敵だと思ったので紹介しますね。

「僕はゲームが好き。でもやっぱりママが好き」

立派な素敵な字でした。
子どもがゲームにのめり込んで困っている方も少なくないと思います。でも子ども達はやっぱりママと遊びたいのです。ただ「ゲームを止めなさい」と恐い顔をするよりも、ママと一緒の楽しいことに誘うのが一番なのでしょうね。

ナラティブとエビデンス

 先週、大学の小児科学教室に出向き、医局の先生方に「子どもの心の発達の理解と臨床」というタイトルで1時間のお話をしてきました。この10年ほどで自分が学んできたことの一部を話しました。実は1ヶ月ほど前に小児科の教授の元を訪れ、大学の若い小児科医達に子どもの心の講義をさせてくれと自分から頼んだのでした。子どもの心の発達の理解は身体を診るときにもベースとなると考えています。自分は若い頃、それを勉強して来ませんでしたし、勉強する機会もなかったのです。心の状態は身体の病気にも影響します。小児科医のベースとしてその理解が必要と考えています。

 心理学者のエリクソンという方は人の人生を8つの発達段階に分け、それぞれの段階に心理社会的危機があり、達成すべき課題がある。それを乗り越えることで力(virtue)を獲得すると述べています。今の自分の年齢は下から2番目の壮年期に当たります。その課題は「次世代を育成すること」、心理社会的危機は「停滞」。正に自分が考えていることとだと思いました。今、僕が考えていることは如何に後を育てるか、種を蒔くかということです。

 さて、自分の拙い講義は大学の若い小児科医達に伝わったでしょうか。心の話しはナラティブつまり物語の世界です。一方、大学の先生方はエビデンス実証の世界に生きています。様々なデータを読み解き重い病気を治療して行きます。かつて自分がそうだったように、きっと若い先生方は目の前にある膨大な文献の山に四苦八苦していることでしょう。心の物語に耳を傾ける余裕はないかも知れません。異質と感じたかも知れません。しかし少しでも心の片隅にそれが残ってくれることを願っています。

レスパイト

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 先の連休、盛岡で開催された全国病児保育研究大会に参加してきました。レスパイトとはその研究大会のO会長の話に出てきた単語です。小休止という意味ですが、主に介護の分野で使われる言葉です。患者さんを一時的に入院させ、介護に疲れた家族に休息を取って貰うことで、むしろそれがより良い介護に繋がります。O先生はそのレスパイトを病児保育に当てはめ、子どもの看病に疲れたお母さんを病児保育で預かって、レスパイトさせるというのです。病児保育は素晴らしい子育て支援制度で、我々はこの事業を更に推し進めるべきと言っていました。しかし僕はちょっと違和感を感じていました。僕は病児保育の前に必要な施策があるのではないかと考えています。

 全国病児保育協議会にはことりの森開設時に大変お世話になりました。その恩もあって、協議会の活動には随分と協力してきました。しかし最近、僕の考える病児保育は協議会のそれと少しずれてきているのを感じています。O先生は講演で子どもが病気の時は病児保育室に預けてレスパイトし、子どもが元気になったら親子で一緒に遊びましょう、それがベストと言っていました。もちろん一緒に遊ぶのは良いのですが、可能であれば養育者が看病して、そして子どもが回復したら一緒にそれを喜ぶことで愛着は強くなると思うのです。しかし様々な事情でどうしても看病できないこともあり、それをサポートするのが病児保育事業だと思うのです。自由に看護休暇を取れない今の世の中の方がおかしいのではないでしょうか。国は病児保育事業を推し進めようとしています。しかしその前に僕はお父さんお母さんが安心して子どもを看病できる世の中になることを願っています。

 写真は研究大会の昼休みの企画で、弦楽四重奏のミニコンサートです。パイプオルガンのある素敵なホールでの、新日本フィルハーモニーの方の演奏は、心に染み入る素晴らしいものでした。

孫の試練

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 前回の夜泣きの記事ですが、少し訂正します。
お母さんが自然に、大らかに、子育てできるゆとりが必要と書きましたが、大切なのはそれが可能になるような周囲(家族やご近所)の思いやりですよね。
前の書き方だとお母さん一人に責任を押しつけているようで不適切でした。訂正します。

 さて、先週の土曜日、娘が1歳になる息子(つまり僕の孫)を連れて結婚式を挙げました。挙式はディズニーランド近くのホテルの協会で。式の間中、孫息子は泣き続けていました。いつもなら泣いたら直ぐに抱っこしてもらえるのに、ママのおっぱいを吸えるのに。抱っこしてもらえてもほんの短い時間だけ。貸衣装をよだれで汚す訳には行きません。娘の胸元に手を入れようとしますが、直ぐに制されます。ママが目の前にいるのに抱っこしてもらえないフラストレーションで彼は泣き続けました。新婦入場で僕が娘の手を取ってエスコートし、旦那さんにその手を渡すのですが、普通なら目頭が熱くなるところでしょうが、孫息子の泣き声に気を取られ、それどころではありませんでした。
彼には大きな試練でしたが、まあ娘がそれで幸せを感じるなら育児にも良い影響があるだろうということで𠮷としましょう。
式が終わって娘の部屋を覗きに行くと、そこにはニコニコと笑顔の孫息子がいました。

 多分、これはマルトリートメントなのでしょうが、それを上書きする幸せな思い出が積み重なれば良いのです。どんな子も幸せな楽しい思い出だけではありません。すべての子どもが多かれ少なかれ心に寂しさを気持ち、傷を受けています。しかしその傷も心の発達にとって必要なものです。そうでなければ他の人の心の痛みが分かる人にはなれないのですから。

残念な記事

 赤ちゃんの夜泣きで苦労されている方も少なくないのではないでしょうか。かく言う我が家も長女の夜泣きがひどく、確か生後2歳ころまで毎晩3、4回は泣きました。先日、読売新聞に夜泣きについての記事が載っていました。良い記事なら院内に張り出そうと思ったのですが、読んでみてちょっと残念に思いました。

夜泣きが子どもの発達に影響することもある、虐待に繋がる、睡眠障害の可能性もある・・・などと不安を煽り、
更には夜泣きの対策として、
生後6ヶ月以降は子どもが泣いてもしばらく見守る
生後9ヶ月以降であれば夜は断乳する。

まるで赤ちゃんの気持ちを無視しています。赤ちゃんに心がないと思っているのでしょうか。赤ちゃんの夜泣きの理由を考えず、泣いても抱っこせず放っておけとはあんまりだと残念に思いました。

 さて、漢方治療では夜泣きに使う幾つかの処方があります。代表的なお薬が甘麦大棗湯と抑肝散。これらは成人の不眠や不安症にも使われます。更に漢方治療では母児同服といって同じお薬を親子に飲ませる治療法があります。つまり夜泣きはただ子どもの問題ではなく、母親の不安、苛立ちを赤ちゃんが感じ、それで夜泣きをすることがあるので、母児同服は理に叶っているといえいます。漢方治療は経験の積み重ねで作られたお薬ですから、昔の人も夜泣きの原因を経験的に分かっていたのでしょうね。

 確かに生まれ持っての気質(性格)で神経質な赤ちゃんはいると思いますが、“子どもは親の心を映し出す鏡である”とよくいわれます。先ずは、お母さんがゆったりと構えていることです。自然に、大らかに、子育てできるゆとりが必要なのでしょうね。

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