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赤い実

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 9月初め、娘が二人目の子どもを授かりました。丁度3000gの男の子でした。僕にとっては4人目の孫になります。里帰りでの出産でしたが、子どもが生まれる前の上の子(お兄ちゃんです)は甘えや我が儘が激しく、それでも娘は辛抱強く上の子に関わっていました。それを見て我が娘ながら大したものだと感心していました。
 娘が予定日より少し早い出産となり入院している間、自分と奥さんとでお兄ちゃんをみていたのですが、初日こそ「ママがいなくて寂しい」と言っていたものの次の日からは元気に遊んでいました。寂しいと自分の気持ちを表現できるのは良いことです。
 娘がいない間、お兄ちゃんを連れて”つがる地球村”に遊びに行きました。写真はその時に彼が摘んだ木の実です。「赤とオレンジと黄色と色んな色があるね。綺麗だね」とずっとその実を離さず、大事そうにポッケに入れて家まで持って帰りました。田んぼの稲もたわわに実り、ナナカマドも少しずつ、色づき始めました。昨日彼は家の近くの公園から長いフジの実と栃の実を拾ってきました。もう秋ですね。

 さて、そのお兄ちゃん、娘が退院して帰ってきた夜に言った言葉。「もうジジもババも好きじゃない」僕が赤ちゃんを抱こうとすると、「ジジは抱いちゃ駄目。ママが抱くの」と怒りました。もっともそれは最初の日だけで、次の日からはジジとババで赤ちゃんを抱っこし、その間お兄ちゃんはママと一杯遊んでいます。ママが退院して戻ってきたときのお兄ちゃんの様子を娘が動画に撮っていました。見せてもらいましたがとても興味深かったです。最初はこれは何者だ?という戸惑った表情。その後、恐る恐る近づき笑顔になりチューしていました。

 外来でお腹の大きなお母さんをみると、出来るだけ次子が生まれたときの上の子の反応とその対応を伝える事にしています。「もうお兄ちゃんでしょ」や「お姉ちゃんでしょ」は逆効果のことが多いものです。上の子の年によって対応は異なりますが、一杯あまえさせた方が早くに自立できますよ。

吃音

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 吃音、どもりのことです。実は僕自身、吃音があって、高校生の頃、苦労しました。始まりは小学校1年生でした。転校したのをきっかけにして吃りが始まり、ことばの教室へも通ったのですが、完全には治りませんでした。それでも小学校、中学校はそれ程困ることはなかったのです。それが田舎の中学校から札幌の進学校に進み、そのストレスからか再び吃音が強くなってしまいました。先生に当てられ、答えは分かっているのに言えず悔しい思いをしたことを覚えています。自分の名前を言えずに困ったことはよくありました。
 予備校の頃も酷く、食堂で好きな物を注文できなかったり、駅で切符を買うのに苦労したりした記憶もあります。今は切符は自販機で買えますが、その当時は近距離でも窓口で駅名を言わなければなりませんでした。大学に入り、精神的に落ちついたのか、ようやく吃音は軽くなりましたが、治ることはなく、今でも残っています。ただそこは年の功か、ずるくなって吃りそうになっても言い換えたりしてそれほど困ることはありません。

 先日送られてきた保育保健協議会の会誌に吃音の対策について書いてありました。よくまとまっていたので紹介します。


望ましい対応
①話し方に注目しないで、話の内容をしっかり聞く。会話を楽しむ。
②心配そうに聞くのではなく、ゆったりと聞く。
③どうしても言葉が出ないときには、子どもが話そうと思ったことを推測し、「○○なのね」と返してあげる。
④吃症状だけに注目しないで、得意なことや活躍できる場を設定し、自己肯定感が下がらないようにする。
⑤周囲の子どもへの対応は丁寧にする。年齢に応じてきちんと吃音について説明する。
⑥からかいに対しては、きちんとした対応をとる。

避けたい対応
①吃音を悪いもとと考え、吃音の話題を避けたり、吃音を治そうとする。
②「ゆっくり言ってごらん」などと言い方の注意をする。
③吃症状がありながらも話そうとしているのに、途中で話しを取ってしまう。


 幼児期の吃音は治ることも多いのですが、それが小学校まで続いた子、あるいは小学校から始まった子は、残念ですが生涯残ることが多いです。しかしそれも一つの個性、自分は自分と割り切れる心を育ててあげましょう。

 写真はまたまた鰺ヶ沢。この公園が広々として好きです。犬の散歩もOKなのでよく行きます。

ヒメボタル

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 1ヶ月ほど前から次子の出産のために娘が里帰りしています。3歳になったばかりの上の子は好奇心旺盛な子で、3歳児とはこれほどパワーに溢れているものかと日々驚かされます。
その孫息子にホタルを見せようと7月の下旬、湯段のミズバショウ沼公園に連れて行きました。次第に暗くなり、林の中に沢山のホタルが光り出しました。暗い中を歩いていると向こうからヘッドランプを灯した人が歩いて来ました。話しかけると生物学者だそうで、夜にしか活動しない蜘蛛を採取していたとのことでした。その方にホタルのことを色々と教えてもらいました。

 その時、林の中で光っていたのはヒメボタルという種類だそうです。ホタルというと清流をイメージし、てっきり水辺にいるものだと思っていましたが、ヒメボタルは水辺ではなくて、林の中にいるそうです。幼虫も水中ではなく陸生でカタツムリなどの陸貝を食べるのだそうです。幼虫が水の中で育つゲンジボタルやヘイケボタルの方がホタル全体からすれば希なのだとか。(へえ、そうなんだ)
ヒメボタルはゲンジボタルよりも歯切れ良く強く発光するのだそうで幻想的でした。

 ホタルは水辺の生き物と思っていましたが、そうでないとは驚きでした。ネットで調べてみると弘前にだんぶり池という池があって、ゲンジボタルが沢山いるとか。
久渡寺に向かう途中にホタル池と書かれた看板を見ました。
座頭石にもホタルが沢山いると言う話しも聞きましたし、自然豊かなこの津軽が好きです。

そう言えば高校の頃、自分は医学ではなく生物学を学ぼうと思っていました。色々あって今は小児科医ですが、今でも自然が好きです。
孫息子も昆虫が大好きです。


写真は鰺ヶ沢。随分と涼しい今年のお盆は海には入らず、砂浜で貝殻拾いをしていました。

六十肩?

 1月にスキーで転んで肩を痛め、春、暖かくなり、そろそろ良いかなと無理にストレッチし、懸垂しようと鉄棒にぶら下がった瞬間に激痛が走り、かえって肩を痛めて仕舞いました。しばらくは我慢していたのですが、あまりに痛みが酷くなり、先日、整形外科を受診しました。軽い腱板断裂はあるようですが、手術する必要はなく、それよりむしろ痛みで長期間、動かせなかったことによる筋の拘縮が問題だそうです。実はその時以来、痛みで右手を背中に回せませないのです。リハビリを勧められ、しばらく週1回、整形外科に通うことにしました。

 これまで色々と怪我をしてきました。バドミントンで靱帯断裂やアキレス腱の断裂、登山での半月板損傷等など。もう走ることは出来ないと諦めたこともありましたが、怪我を乗り越え、オリンピックで活躍しているスポーツ選手もいることを知り、自分もまた頑張らなくてはと思ったりしました。もう一度、両手両足を使うような登山をしたいのです。

 東京オリンピックで必死に競技しているスポーツ選手を観ると、こちらも胸が熱くなります。日本人選手が表彰台に上がるのを見るのも嬉しいものです。しかしその高揚し喜びを皆で分かち合いたい気持ちと、コロナ感染予防対策で人と人との距離をとらざるを得ない残念な気持ちとは相反しますが、感染爆発もと言われる今の第5波を乗り越えるためには気持ちの切り替えが必要でしょう。

 オリンピックはオリンピックで楽しみますが、コロナは別です。すぐ側にいます。気持ちを緩めることなく、感染予防対策をお願いします。

そして若い人もワクチンを受けて大事な人を守りましょう。

バケモノの子

 テレビの金曜ロードショウで細田守監督のアニメ、バケモノの子を観ていました。(と言っても夜遅いので録画し次の日の朝に観たのですが)
このアニメのテーマは父子の絆なのでしょうが、もう一つのテーマは人が抱える心の闇かなと思いました。主人公の九太とそのライバル?一郎彦は共に心に闇を抱えています。九太はその闇に飲み込まれることなく乗り越えることが出来ますが、一郎彦は闇に飲み込まれてしまいます。二人とも過去に母子分離の経験がありました。ただ、その後の育ちに違いがありました。その違いが二人の強さの差を作ったのでした。九太のガールフレンドに「私たちは誰でも皆、心に不安を抱えて生きているの」という台詞がありました。不安は子どもが生まれ落ちた瞬間から周囲との関係性の中で生じ、その不安が心を傷つけます。その傷が心の闇を生み出します。

 日曜日の夜、NHKでサイエンスZERO「子どもの脳を守る〜傷ついた脳の修復には〜」というタイトルの番組が放送されました。
福井大学の友田明美先生が不適切な養育(マルトリートメント)の積み重ねが脳を傷つけ、愛着障害を引き起こすと説明されていました。しかしその後の関わり方次第で傷ついた脳を修復させることができるとも解説されていました。
「心を込めた抱っこ」で心を癒やし、「ボールを使ったやり取り遊び」で相手の意図を読みとり、投げられたボールをキャッチするという脳と身体をシンクロさせた作業で神経細胞が新生されると言います。心の傷は決して傷ついたままではなく、癒やすことが出来るのです。

 そして、その番組の最後に僕の敬愛する渡辺久子先生が、
「絵に描いたような仲の良い夫婦や、家族関係はまずない。どの家でも多かれ少なかれ色々な問題はある。失敗だらけで良いと思う。ボロを出せる社会を作ることが大切」と熱く語られていました。

我々の作業はその傷付いた脳を親子で修復する過程をサポートすることだと考えています。

子どもへの新型コロナワクチン

 まだまだ新型コロナの感染者は多く、東京では再び非常事態宣言が出されました。それでも新型コロナワクチンの接種が進み、少しずつ変わってきたように思います。医療機関や高齢者施設でのクラスターはめっきり少なくなりました。ワクチンの供給に不安はありますが、8月からは若い世代での接種が始まります。しかし新しいワクチンと言うことで不安に思われる方も少なくないようです。そこで今回は子どもへの新型コロナワクチンについて考えたいと思います。

 今、日本で接種されている新型コロナワクチンは皆さんご存じのようにmRNAワクチンです。それは自分が学んできたものとは全く異なる方法で、そして驚くほどの早さで作られました。しかもその有効性は俄には信じ難いほどの高いものでした。
 新しいワクチン技術ということですが、実は随分前から研究されていたようです。それがこの2、3年で急速し発展し、丁度このパンデミックのタイミングで世に出てきたのです。
ファイザーやモデルナ社製のワクチンはmRNAワクチンですが、他にもDNAワクチン、ベクターワクチンなどが開発されており、それぞれ従来の機序とは全く異なる新しいメカニズムで免疫を作らせるものです。
 新しいワクチンということで、慎重な意見も有ります。反ワクチン派の科学的な根拠のない否定的な意見も散見されます。接種部位の疼痛や悪寒発熱といった副反応はありますが、それはどのワクチンでもあるものです。長期的な副反応については確実なことは分かっていませんが、今の所、その心配はなさそうです。しかし副反応についてはこれからも注意深く観察する必要はあるでしょう。

 元々、ワクチンにせよ、医薬品にせよ、それを使用するかしないかはメリットとデメリットとを天秤に掛けて判断するものです。そこをよく考えて接種するかどうかを決めるべきでしょう。

 世界各国で若い世代の接種が進まないことが問題になっています。若い世代の人は感染したとしても軽症ですむことが多く、副反応を考えると接種を躊躇う人も少なくないのでしょう。しかし若い世代でも重症化することはあり、後遺症で悩む人も少なくありません。また自分が感染源になり、周りに広めてしまうリスクも考える必要があるでしょう。

 さて、子どもへの新型コロナワクチン接種ですが、子どもは感染しにくく、感染しても無症状のことが多いと言われています。そして感染するのは大部分が家族内感染です。家族が予防することで子どもを守ることが必要です。しかし感染しにくいというのは小学校低学年以下のことです。中学生、高校生以上は逆に家族内感染は少なくなり、大人と同じに考えて良いでしょう。

Know VPDの会が「子どもの新型コロナワクチン接種の考え方」をHPにアップしました。記事の一部を載せます。

感染したときのリスクvs接種したときのリスクで考える
 どうしても判断に迷う場合は、新型コロナウイルス感染症にかかった場合とワクチン接種で副反応が出た場合を比べてみましょう。リスクvsリスク、例えば「感染すると無症状でも隔離」と「接種後の副反応は翌日をピークに減少」を考えたとき、どちらになりたくない、どちらを回避したいと感じますか。

[感染によるリスク]
※ワクチン接種でこれらのリスクはほとんどなくなる
・軽症や無症状でも隔離が必要 
・隔離による予定の変更やキャンセル
・周囲へ感染を拡げるリスク
・まれに重症になるリスクがある
・日本では実態はよくわかっていないが、何らかの症状が持続するかもしれない

[ワクチン接種のリスク]
※局所反応や全身反応は接種翌日をピークに、1週間ほどで改善
・接種後の接種部位の痛みや腫れなどの局所反応
・接種後の全身倦怠感、頭痛、発熱などの全身反応
・接種後のアナフィラキシー、心筋炎・心膜炎 ➡ 非常にまれ 
・長期的な副反応 ➡ 現在のところ懸念されていない

 日本の国民はワクチンに対し、大きな警戒感を持っているようです。それはマスコミの影響が大きいのだろうと思っています。
子宮頸がんワクチンでマスコミが否定的な報道を展開し、ワクチンは危険なものだとの風潮が広まりました。ワクチンをバッシングする世論が生まれ、それに押され国も勧奨接種を中止した経緯があります。しかしワクチンを受けられずに、不幸にして子宮頸がんに罹患し、亡くなってしまった女性に誰がどう責任を持つのだろうと残念に思いました。

いずれにせよ、非科学的な流言飛語に惑わされることなく、ご自分で冷静に判断していただきたいと思っています。

シャーデンフロイデ

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 シャーデンフロイデとは心理学で他人の不幸を喜ぶ感情のことを言うそうです。妬みや恥、罪悪感などと一緒に社会的感情といって人間だけが持つ高次の感情です。日曜日、心理学の勉強をしていましたが、そんなネガティブな感情を研究している人もいるんだと感心しました。シャーデンフロイデが働く脳の場所は報酬系の回路と同じ場所だそうです。そうだとすれば、その感情をなくすことは困難でしょう。道徳的にはネガティブな感情ですが、本能的な感情なのかも知れませんね。

 さて、勉強会のメインテーマは共感性でしたが、共感とはもちろん他者の気持ちを共有することを言います。共感力で検索すると「共感する力」「子どもの共感力を育てる」「魔法の共感力レッスン」などなど沢山の書籍が世に出ています。共感することでコミュニケーションが円滑になり、周囲との良好な関係性を築くことが出来るので共感力は人が社会の中で生きている必須の能力なのでしょう。

 おそらく子どもの共感性の始まりは親子が繋がることからスタートするのでしょう。父母と同じ感情、感覚を共有するところから他者に共感する力が生まれるのだと思います。氷を一緒に触って冷たいと感じたり、スープを一緒に飲んで美味しいねと微笑みあったり、その積み重ねが共感力の始まりだと考えています。


 今週の写真はライオン岩から見た久渡寺山です。実は自分は弘前に来て40年以上になりますが、久渡寺山に登ったのは初めてでした。軽いハイキングのつもりで登り始めたのですが、「サバイバルの路」と名付けられたコースのあまりの急登に息が上がりました。
久渡寺山、恐るべし (^_^;
弘前市街地も見えていたのですが、霞んでいて写真には撮れませんでした。
山の下部は植樹された杉林でしたが、上部は豊かなブナの自然林でした。野鳥の声も心地よかったですよ。

八甲田レポート:お花畑

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 日曜日、久し振りに八甲田を登りました。早春の残雪の森を気ままに歩くのが好きで、例年4月から5月に何度か八甲田を登るのですが、今年は自分の体調や用事でなかなか登れずにいました。八甲田は3月以来です。その時はまだ雪山でした。
 3ヶ月ぶりの山はすっかり装いを変えていました。酸ヶ湯周辺の濃い緑が朝日に眩しく輝いていました。毛無岱のお花畑は既に盛りを過ぎ少し残念に思いましたが、赤倉岳の稜線まで上がると、様々な高山植物が出迎えてくれました。チングルマやイワカガミだけでなく、春一番に咲くミネズオウがまだ咲いていましたし、ミヤマオダマキなどの初夏の花も咲き始めていました。もう若い頃のようにスタスタとは登れませんが、ゆっくりと時間を掛けて山を楽しみながら登っていました。

 久し振りに山の花の写真をお届けします。写真左上は下毛無岱のウラジロヨウラク、右上は上毛無岱のチングルマ、下は稜線の岩場に咲くイワウメです。

赤ちゃんの痛み

 先日、送られてきた小児科学会誌に興味ある総説が載っていました。赤ちゃんの痛みに関する論文です。
タイトルは「新生児の痛みの評価とケアー痛み経験がもたらす影響を改善させるためにー」。

 自分も勤務医時代、新生児・未熟児医療に関わっていました。思い返すと小さな命を助けるために痛みを伴う処置はやむを得ないもので、それは仕方ないことと無頓着だった自分がいました。しかし新生児期の強いストレスが後々まで大きな影響を及ぼすことが分かってきました。今回の総説を読んで、自分の無頓着を強く反省させられました。

論文には
新生児は成人よりむしろ痛みを強く長く感じていること。
頻回の痛み刺激を受けた早産児が、その後に痛みに対する感覚異常が発生しうること。
成長してからもなお不安や抑うつといった問題行動や、更には成人してからの不安障害やストレス関連疾患を発症するリスクを高めることなどなどが書いてありました。
そしてそのケアについて、処置前にショ糖(砂糖)を飲ませるとか、母親への支援が子どもの脳の発達が改善する可能性があること
等の記載がありました。

 痛み刺激に限らず、赤ちゃんが抱える様々なストレスを、これまで大人は軽んじてきたように思えてなりません。しかし適切なケア無しでは、それこそ生涯にわたって影響する可能性があります。大人は赤ちゃんを世話するとき、それを肝に銘じるべきなのです。

モリアオガエル

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 山の緑がいよいよ目に鮮やかな季節です。日曜日、Y先生と八甲田の蔦沼へバードウオッチングに出掛けました。遊歩道を歩くと、清々しい森の香りが身体を包みます。今回は多くの人が歩く「沼めぐりの小路」ではなく、「野鳥の小路」を歩きました。歩く人が少ないからか、あまり整備されていませんでした。しかし、むしろ原始の森を感じられて心地良かったです。キビタキやオオルリといった夏鳥と出会えることを疑いもしなかったのですが、何故か姿どころか鳴き声すら聞こえません。聞こえるのは「アーヂーィ、アーヂーィ」という騒々しいエゾハルゼミの声だけ。遠くで「ポポ、ポポ」とツツドリの声が聞こえていました。直接双眼鏡で観察できた野鳥は沼のオシドリだけでした。何故でしょう?野鳥の森のはずなのに・・・。
 しかしその代わり、モリアオガエルの産卵に出会うことが出来ました。
「コロロロロ、コロロロロ」とまるでもののけ姫に出てくる言霊のような鳴き声が森に響いていました。ちょっと元気過ぎるエゾハルゼミと、モリアオガエルの可愛らしい鳴き声の合唱に癒やされました。

 写真左は木の枝に産み付けられたモリアオガエルの卵です。卵は泡のボールに包まれています。
 写真右は産卵中のモリアオガエル。どこに蛙かいるか分かりますか?
雌と雄と2匹いますよ。