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今年の漢字

 毎年、漢字の日に清水寺で発表される「今年の漢字」は「安」でした。日米安保の「安」なのでしょうか。安心安全の「安」といかないところが残念です。各界の知識人達が今の日本を危惧しています。戦前の日本と同じ匂いがする、ひょいとあの時代に戻ってしまいそうな予感がする・・・などなど。積極的平和主義とは戦争放棄を積極的に世界にアピールすることだと僕も思うのですが、国のトップはそうは思っていないようです。次の時代を担う子ども達が心身ともに健やかに過ごせる平和な世の中を残してあげたいという思いは皆同じでしょう。その方法の話しなのですが・・・。親子という基本単位を支える地域社会、そして国という大きな単位。それらは密接に繋がっています。決して先の時代にあと戻りしないよう我々はしっかりと世の中の動向を見据える必要があると思っています。

 さて、当院の今年の漢字は・・・やはり「忙」でしょうか。兎にも角にも忙しかったです。完全にフリーの休日は全くなく、後半はほとんど山へ行けませんでした。帰るのも遅く、お陰で朝の自転車も乗れず、体力は落ちる一方。しかし学会を準備の過程は新しい人の輪を構築する過程でもありました。全国学会を主催することで得られたものは大きかったです。今回の学会を一度限りのもので終わらせることなく、子どもの心の学びを続け、地域との関わりを持ち続けることを実行委員の皆で誓いました。

 雪のないクリスマスイブですが、今週末には雪が降るようです。寒さも厳しくなるでしょう。皆様、お体ご自愛ください。そしてよいお年をお迎えください。

胃カメラ

 開業してからというもの、自分自身の健診と言えば血液検査だけで胃や腸の検査は受けてきませんでした。しかし自分もおじいちゃんと呼ばれてもおかしくない年となり、そろそろ自分もしっかり健診を受ける必要があるのかしらと、去年から医師会がお膳立てしてくれている半日人間ドックなるものを受けています。今年も11月末の日曜日、その人間ドックを受けてきました。血液検査だけでなく、便、尿検査、胃の透視、眼底検査、聴力検査などなど。
 案の定、体の様々な箇所が悲鳴を上げていました。まず左の聴力低下。これは片側性でもしかして滲出性中耳炎?と思いお薬を内服し、今年は少し改善。眼底の神経乳頭陥凹。これはまだ受診していません。今年もD判定(要精査)。そろそろ受診しようかしら。両腎嚢胞に胆管拡張。これは今更しょうがない。去年の胃潰瘍疑いを放っておいたら今年は胃ポリープ疑い。これはちょっと不味いかなと知り合いの内科医に相談したら急遽内視鏡の検査をすることになりました。金曜日午前の診療を12時で切り上げ、鼻からカメラを入れて内視鏡検査を受けてきました。結果は2、3個の胃腺腫。良性の腫瘍ですが、(これが悪性化することもあるし)まあ3年に一度内視鏡検査を受けると良いでしょう・・・だそうです。取りあえずは安心して良さそうです。

 他にも血圧は高いし、腰も痛いし、全身ががたがたです。まあ老いると言うことはそういうことなのでしょう。上手に老いと付き合って、今自分が為すべきことを為すしかないのでしょう。

 これからは少し体の負担を減らして、上手に生きて行こうと考えていたのでした。

60点主義

 内藤寿七郎とうい日本で初めてシュバイツァー博愛賞を受賞された著名な先生がいらっしゃいます。日本小児科医会の初代会長だったそうです。7,8年前に101歳でお亡くなりになったとか。先輩の先生から話を聞いただけで、自分では直接お目にかかったことも講演を聴いたこともありません。その先生が書かれた「育児の原理」という本があります。ベビーカーのアップリカから発行されており、一般の書店では手に入りません。その中古本をアマゾンで手に入れました。今日の話題はその中から。

児童心理学者の故波多野勤子さんのことが紹介されていました。
波多野さんは商家に嫁がれ、家業の手伝いから家事まで心身ともに休まる暇もありません。
そこへお子さんが生まれました。
これ以上はもう無理だと悩み、考えぬいた末に「そうだ六十点主義でいこう」と思いついたのだそうです。
すべてに百点満点を目指すから身動きがとれなくなる。
六十点ならなんとなかるのではないか、
一度そう決めると、心に余裕ができて、
お姑さんとの間も、家業も家事も育児も、
今までより、かえってうまく運んだそうです。

完璧を求める必要はありません。bestを求めるとお母さんだけでなく赤ちゃんも疲れます。good enough、ほどよく良ければそれでOK。

内藤先生は書かれています。
何がいちばん赤ちゃんにとって必要なのかを考える心のゆとりを持ちましょう。
それだけをする。
そしてそれ以外のことは、思い切って手を抜いてみてください
と。

腰痛

 弘前大会も無事終わり、残務整理もほぼ片付き、後は報告書を作るだけ。久し振りで山へ行こうとそぞろ準備を始めていたのが、先週の中頃から急に腰が痛み出し、歩くのもままならないほどになってしまいました。最初は単なる筋肉痛かと高をくくり、安静にしていればそのうち良くなるだろうと、連休はどこへも行かずのんびりと過ごしていました。しかし一向に良くなる気配さえなく、寝返りすることさえままならず、これはちょっと不味いかもと水曜日を休診にして、近所の整形外科を受診してきました。
腰のレントゲン写真だけでなく、MRIまで撮りましたが異常なし!!
3週間ほどでそのうち治るでしょうだって (@_@;)
予感が当たりました。きっと異常なくて鎮痛剤と湿布を処方されるくらいじゃないかと。
そういえば10年以上前に四十肩で辛かったときもそのうち治ると言われたっけ。しかしいつまで経っても治らず、テレビや本で紹介されていたリハビリをやったらどんどん良くなりました。今回もそのうち治ると言われましたが・・・。

 小児科もそうですが、きっと整形外科も重い病気は治療法も研究されているのでしょうが、“大したことのない”病気には整形外科医もあまり関心がないようですね。医者には大したことなくても患者は結構辛い。
自分も子ども達の些細な症状を“大したことない”と冷たい対応をしているのかも知れないなと振り返り反省していました。

そんな訳でまだしばらく大自然レポートはおあずけです。

悪しからず m(_ _)m

インフルエンザワクチンの接種回数

 インフルエンザワクチンの接種回数ですが、小学生以下は2回となっています。それを当院では小学生以上は前年度の接種歴があれば1回でOKと言うことにしていました。
実はこれは当院だけの「ここだけルール」
なぜそんなルールでやっているかというと、諸外国では小学生の年齢の子ども達は1回接種となっているそうです。またWHOでも3歳以上は前年にインフルエンザワクチンを接種してあれば1回としています。事実、1回接種と2回接種の効果を血液検査で比較するとそれ程、差がないそうです。そして当院を掛かり付けにしてくれている少しでも多くの子ども達に当院で接種してあげたい、そんな理由から「ここだけルール」でやっていました。
 ではなぜ日本では一般に小学生は2回接種なのか。以前、日本ではインフルエンザワクチンの接種量が年齢に応じて細かく設定されていました(本当にそれが有効かどうかの評価は別にして)。その時、小学生は1回0.3ml。それを2回接種していました。3年ほど前から日本も諸外国と同様に3歳以上は1回0.5mlに増量されました。その際、接種量は増えましたが、接種回数の見直しがなされていませんでした。そんな諸々の事を考慮して当院だけのルールで小学生は前年に接種してあれば、1回でOKとしています。

 先日のこと、ある小学生がインフルエンザワクチンの接種で受診しました。お母さんに聞くと前の年はやっていなかったとのこと。「今年は2回接種しましょう。でも来年は1回で良いよ」というと、その子は「じゃあ先生、今年3回やれば来年はやらなくて良いの?」と聞いていました。
「君、頭良いねえ! そうだね、今年3回やれば来年やらなくて良いかもね。3回やる?」「いや、止めておきます。」もちろん、毎年、接種する株が変わるので、もし今年3回やったとしても来年やらなくて良いと言うことにはなりませんが、それにしても素晴らしい発想です!!
我々、大人になると、常識という鎖に縛られ、そんな自由な発想がなくなってしまいます。
子ども達の自由な発想を大事にしたいと思っています。
実は我が子の自由な発想をつぶしてきたのではないかと今更反省しているのでした。

響き合う心

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 2年以上の時間を掛けて準備してきたFOUR WINDS乳幼児精神保健学会弘前大会が終わりました。幸い参加者500人を越える大盛況の会となりました。
紅葉も散り急ぐことなく、何とか雨も降らず、天も少しだけ味方してくれました。

 参加者からは沢山のお褒めの言葉をいただきました。本当にありがとう。
 ある友人に人と人とのつながりの暖かさが伝わってくるとても心地の良い会だったとメールが来ました。彼からは会場で帰り際に会の最初から最後まで僕の想いがよく伝わってきたと言われました。それを聞いて本当に嬉しかった。別の先生からは学会で涙が止まらないという経験は初めてですとメールが来ました。そのメールを聞いてまた胸が熱くなりました。

“響き合い”というテーマで二日間開催された弘前大会でしたが、響き合いという言葉と、その言葉に広がりを持たせ構成したプログラムは自分の狙い通りに、参加者の心に響いたようでした。最後の閉会の挨拶で感無量で言葉に詰まってしまいました。壇上で涙をこらえるのに必死でした。まさか自分がここで胸が熱くなり、言葉が出なくなるとは想いもしませんでした。しかしそれでも会場からは暖かい拍手、会場の全ての参加者と心が響き合ったようでした。

 やっと終わりました。しかしこれはただ種を蒔いたに過ぎません。その種に水をやり、芽を出させ、大きく育てなければなりません。燃え尽きてはいられません。
このブログもまた更新して行きますね。

FW弘前大会 市民公開講座

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 2年以上前から準備してきたFOUR WINDS学術集会、いよいよ目前に迫りました。弘前大会ではで二つの市民公開講座を用意しました。
米田怜美先生と堀内勁先生の講演です。

 米田さんは全盲の方で「赤ちゃんの頃の私に伝えたいこと」というタイトルでお話ししていただきます。「辛いことはあったけど、人生捨てたもんじゃ無い」・・・とても肯定的な生き方をしてこられたご自身の体験のお話しです。

 堀内勁先生は聖マリアンナ医科大学の名誉教授で、日本で初めて未熟児にカンガルーケアを導入した先生です。講演のタイトルは「親と子とであい〜心と身体のふれ愛のかなで〜」。愛着をメインテーマに講演をお願いしました、とてもお話しの上手な先生です。是非沢山の方々に聴いて頂きたいと思っています。事前申し込み不要、無料です。皆様のお越しをお待ちしております。

八甲田レポート:紅葉

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 八甲田の紅葉、今がベストと知ってはいても、2週続けての日曜日の急患診療所昼間の当番、今年の八甲田の紅葉は諦めていました。しかし奥さんのとても綺麗だったよとの声に背中を押され、診療所が始まる前までに帰ってこようと、朝5時に家を出て毛無岱まで行ってきました。しかし生憎の空模様。紅葉もくすんで見えました。まあそれはそれで嫌いではありません。久し振りの山の空気に癒され、少しだけパワーを充填してきました。

 学会まであと1ヶ月を切り、最後の詰めの作業に追われています。

マイ保育所

 以前、新聞でも報道されましたが、県のモデル事業としてマイ保育所なるものが、10月1日から津軽地域のいくつかの保育園で実施されます。その内容は体調不良児の預かりと代理受診。体調不良児とは微熱や少しの下痢程度の症状の軽い児のこと。ただ、これには医療機関を受診する前の子も含まれるそうです。代理受診とは親に代わってその児を医療機関に受診させること。
 症状の軽い体調不良児のお預かりはまだ良いのですが、受診前の児の症状が本当に軽いかどうかを誰が判断するのでしょう。まして代理受診なんて誰が言い出したのでしょう。その話を初めて聞いたとき返す言葉がありませんでした。自分で病児保育をやっていますが、僕はそれは必要悪だと思っています。本来ならばない方が良い。どうしても休めないときに最後の砦として子どもをお預かりする。ただし子どもの心に最大の配慮をして。しかし代理受診は少し違います。例えば保育園で子どもが体調を崩したとき、母に代わって医療機関を受診する。それはあまりに就労保障に傾いて子どもの心を蔑ろにしていると思うのです。体調が悪く、保育園に連れて帰れないときはそのまま病児保育室へ連れて行く・・・それはたらい回しというものです。

 そんな理由で僕はマイ保育所の協力医になることはお断りしていました。
安保法案も可決されてしまいました。世の中が危機的状況に陥ったとき、一等最初にしわ寄せが来るのは子どもとお年寄り。子どもを大事にしない国は滅びます。何だか日本の将来が不安でなりません。

かくれんぼの心理

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 先々週の日曜日、慶応で開催されたFOUR WINDSのセミナーに参加してきました。今回は事例検討。岐阜の臨床心理士の先生が報告した事例に小倉先生という著名な児童精神科医がスーパーバイズ(カウンセラーのためのカウンセリング指導)するのですが、事例そのものもさることながら、スーパーバイズの質と内容に圧倒されました。感動すら覚えた2時間半のセミナーでした。
 かくれんぼは発表者の臨床心理士がカウンセリングを進める中で子どもが取った行動です。子どもと心理士が面接の回を重ねるうち、親しくなり、ある回の面接の始まりで、子どもが診察机の下にふざけて隠れるのです。それを小倉先生は「ああ、この子はかくれんぼしたかったんだね。それまでお母さんとかくれんぼ出来なかったんだ」と言われました。会場の皆が大きく頷きました。

 さて、かくれんぼの心理とは。かくれんぼする時、自分を探して見付けてもらえるという安心感がないと隠れられませんよね。ちょっと不安な子はわざと見つかるようにサインを出したりします。つまり親とかくれんぼで遊べるためには、それまでにしっかりと親子の絆ができていることが必要です。安定した愛着が形成され、心の中にお母さんお父さん像が出来てくると子どもはかくれんぼ遊びができ、家の外へも遊びに行けます。直ぐ目の前にお母さんの姿が見えなくても直ぐには不安になりません。では心の中のお母さん像を造るにはどうするか。それには親子の心を響き合わせ、子どもの甘えを受け止め、強い信頼関係を造ることです。そう書くと大げさですが、穏やかな気持ちで、抱っこして、視線を合わせ、お話しする・・・なんだ普通のことでした (^_^; 。でもその普通のことが難しくなっている今の世の中なのかな。

写真は8月の終わり、鯵ヶ沢の海水浴場です。