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コウノトリ

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 今、話題のテレビ番組の話しです。先々週の放送を師長の赤平が観ていて、その内容を教えてくれました。子宮頸がんワクチンの話題だったようです。赤平が言うには偏ることなく正確に情報を伝えていて良かったそうです。子宮頸癌ワクチンは必要なワクチンであること、それでも一般の人は不安を抱いていること。医療関係者でない人がどのように考えているかがよく分かると言っていました。
 先週の放送を僕も観てみました。先週のテーマは産後うつでした。周産期(出産前後)、女性はホルモンバランスや体の劇的な変化、社会環境の変化、家族との関係性、育児のストレスなど色々な要因でうつになりやすいのです。ごく普通の母親の10%が周産期にうつ病を発症するというデータがあります。ドラマの主人公、産科のドクター達が真剣に向き合っているのが印象的でした。
 先日参加したある勉強会で同じテーマ、周産期のメンタルヘルスが取り上げられました。今ひとつ、産科の先生方の熱意が伝わっては来ませんでしたが、スタッフを連れて勉強会に来てくれること自体、𠮷としましょう。

 里が紅葉する頃、山の木々はもうすっかり葉を落とし、寒々としています。日曜日、八甲田では接近中の台風の影響か、お昼前から雨が降り出しました。それでも登っている登山客は少なからずいました。物好きというか何というか・・・。高齢者の団体山も2パーティ。標準語でしたから県外の登山客でしょう。予定を変更できなかったのでしょうね。

スペクトラム

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『スペクトラム』 元々は物理学で連続体のことをいいます。よく目にするスペクトラムが空の虹です。これは光のスペクトラム。光をプリズムで分解すると波長の短い紫色から波長の長い赤色まで連続的に分かれますが、決して七つの虹色にくっきり境がある訳ではありません。
 最近はスペクトラムというと自閉症スペクトラムがよく知られるようになりました。それで医療や療育関係者の間ではあの子はスペクトラムだなんて言うのを聞いたりします。これは自閉症の特性の強い子から、ほんの少しその特性を持つ定型発達(=正常)に近い子まで連続している事からそう呼ばれるようになりました。スペクトラムを言い換えると多様性ということでしょうか。僕自身、多少の自閉的特性を持っていると思います。師長の赤平は多少のADHDの要素を持っています。しかし社会生活上、取りあえず大きな困難は抱えていないので、そうは診断しません。一方、特性の強い子は早期に自閉症と診断されて療育に入ることで良い所を少しでも伸ばして、社会生活への適応を図ります。

 さて問題は、ある程度特性を持つもののそれと診断するのが難しい子ども達です。先の日曜日、秋田で開かれた小児心身医学会東北地方会。その大会長講演は秋田療育センターのW先生でした。彼の考えは様々な身体症状を訴える子がいる。その子達が自閉症の特性を少しでも持つならさっさと診断して然るべき対応を取ると講演しました。

 随分乱暴だと思いました。然るべき対応は必要ですが、僕はその子の行動、症状の意味を考えたいと思っています。そして環境調整を図る。そこに診断名は必要ではないと思うのです。極論すればどんな発達障害の子だって診断する必要は無い。診断すべきは病名ではなく、支援の方向です。本来なら診断名は不要なのです。

 そんな訳で僕は積極的に診断を付けることはしないようにしていました。そもそもが多様な子ども達なのですから、色んな子がいて良いんじゃないかと思うのです。
 僕の考えも乱暴なのかなあ・・・。

私、失敗しないので・・・?

「私、失敗しないので」
 誰もが知っているテレビ番組ドクターXの台詞です。もちろん手術で失敗されるのは困りますが、しかし世の中、全く失敗しない人はいません。それを分かった上での台詞でしょうが、時々、失敗を極端に恐れる子が外来に来ます。そこで彼らが失敗しない方法はというと、挑戦しないこと。失敗したくないからやらない。それはおそらく過去に失敗して、とても嫌な経験をしたことがあったから失敗したくないのでしょう。嫌な経験・・・そう、その代表は親から酷く罵られることでしょう。叱るだけならまだしも、子どもの人格を否定するような叱責はいけません。

 失敗や困難を乗り越える力をレジリエンスと呼んでいます。人間、生きていると様々なトラブルがあるものです。勉強や学校での人間関係、大人なら健康問題、仕事や金銭的な心配事などなど。子どもの内にそれらのトラブルを乗り越える力を身に付ける必要があります。それには何が必要か。まず基本的なベース、心の土台が必要です。それには親子の心の絆が基本となります。どんなに失敗しても、どんな君でもお母さんは君を愛していると。そこから子どもの心には自分は自分でいいんだという自己肯定感、自尊感情が生まれます。その土台が出来た上で今度は様々な経験が必要です。それには成功体験だけでなく失敗の経験も大切です。それらを糧にして子どもは失敗を乗り越える力を身につけて行くのです。だから失敗しても良いのです。

 米国の著名な児童精神科医アリシア・リーバマン先生の、FOUR WINDSの学会での講演で出てきたフレーズを紹介します。
Mistakes can be repaired(失敗は取り戻せる)

八甲田レポート:紅葉情報

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 今年の八甲田の紅葉のベストは9月下旬と予想していました。朝から快晴となった10月初めの日曜日、案の定ベストには一足遅かったようで、毛無岱では既に茶色に変わった葉もありました。しかし朝日に照らされ、むしろコントラストが強く、それはそれで綺麗でした。絶好の登山日和とあってか、ものすごい数の登山客。8時前に酸ヶ湯に着いたというのにもう駐車場は一杯でした。山の中には他県訛りや日本語以外の言葉(おそらく中国語?)が飛び交っていました。きっと八甲田の美しい紅葉の情報が海外にも届いているのでしょう。ただ美しい紅葉が比較的手軽に楽しめるとでも伝わっているのではないでしょうか。軽装の人が多かったのが気になりました。

 大岳の山頂からは360℃の大パノラマを望むことができました。南は岩手山から八幡平の山々、その左は姫神山? 東には小川原湖と太平洋の海岸線(日本一の砂丘)、そして六ヶ所村の石油備蓄基地までくっきりと見えていました。西には岩木山とその後ろの白神山地。遠くに鳥海山は・・・? 秋になると空気が澄んで遠くまで見通せるようになります。長い冬の前の一瞬の輝きに思えます。

紅葉情報:酸ヶ湯の紅葉はこれから、今度の日曜日あたりがベストでしょう。奥入瀬は更にその1週間後でしょうか。

自分のことを知るだけ

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「深夜の保護者会」、NHKの番組です。
日曜日の夜の番組に発達障害の子どもを持った親達が集まっていました。
その中でY君のお母さんが「自分は障害とYちゃんとは別のものと考えるようにしたら楽になった。Yちゃんが悪いのではなく、Yちゃんにこんな事をさせる障害が悪い、そう考えると気持ちが楽になった。Yちゃん自体を嫌いにならなくなった。」それを聞いたY君は「そういう考えは止めて欲しいな。自分と障害は別じゃない。」「自分のことを知るだけ。知ればちょっと楽になる。知って、上手く付き合って行けたら気持ちは楽になる。」それを聞いたお母さんは「親の考えているのと子どもの考えているのとが違った。子どもの方が上を行っている」と感心していました。

 ありのままを受け止めることは大切なのでしょうが、理想の子ども像が大きければ大きいほど、現実を受容することは大変です。子どもの方にも親の期待に応えたいという思いと今の自分との間にギャップがあります。心から受容できて、親が子どもの気持ちを尊重できたとき、お互いが楽になるのでしょう。

 最近、NHKで発達障害をテーマにした良い番組が沢山作られています。僕も親の本音を聞けてとても参考になりました。
それにしてもY君、凄いよ!

八甲田レポート:初秋

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 連休の初日、山では既に紅葉が始まっていました。前に登ったのが7月でしたから2ヶ月ぶりの八甲田です。台風が接近中とあってゴーゴーと風が音を立て、山頂では人も飛ばされそうなほどの勢いでした。にもかかわらず午前中は晴れとの天気予報に誘われてか、沢山の登山客で賑わっていました。頂上直下の避難小屋の前では皆、口々にこんな風は始めて、死ぬかとおもったなんて話し声が聞こえてきましたが、まあそんな日もあるのが山なのです。ただ山頂近くで出会った母親と小学生の女の子の二人連れはさすがに危険と思い、風の弱まるところまで子どもの手を引いて下ろしてあげました。女の子は泣きたいほど辛かったと思います。これで山を嫌いにならなければいいのですが・・・。

 さて、今年の紅葉は少し早いようです。毛無岱の紅葉の見頃まであと10日程でしょうか。紅葉が終わると山には直に雪の季節がやってきます。

息子の結婚式

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息子が結婚しました。
式はキリスト教の教会で行われました。比較的大きな教会で、パイプオルガンもあり、ステンドガラスに高い天井。彼は別にクリスチャンではないのですが、その雰囲気が気に入ったのでしょう。自分の結婚式がホテルの簡易的な神前結婚で、単に形式だけという感じでしたから、尚更教会での結婚式が素敵に見えました。キリスト教の教会も別に信者でなくとも受け入れるのですから、寛容なのですね。イスラム教にしたって他の宗教を認めないということはないそうですから、本来は宗教対立なんて起こりようもないのでしょうが、そこは神ではない人間の性なのでしょうか。
それにしても当に日本人は宗教に寛容で、僕自身、つられてアーメン、なんてつぶやいていました。始めて知りましたが、アーメンとは“確かにその通り”“そうなりますように”という意味だそうです。

 北海道で中学高校と思春期を過ごした僕は、海を渡り青森の弘前大学に進学し、そこで妻と出会い息子が生まれました。その青森で育った息子が今度は北海道へ移り住み、素敵な女性と出会いました。しかも広い北海道の中で、前に紹介した野幌森林公園が彼女の遊び場だったそうですから、何か不思議な縁を感じます。式には沢山の友人達が来てくれました。彼らもまた様々な縁に導かれ、集まってくれたのでしょう。その縁を大切にして人間として成長し、末永く幸せに暮らして欲しいと挨拶しました。

写真はその野幌森林公園の記念塔でプロのカメラマンが息子たちを撮影したものです。

PとN

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 先日、愛着障害の講演を頼まれた秋田の親力・教師力アップセミナーでシンポジウムがありました。そのシンポジウムで知り合いの臨床心理士がPとNの話しをしました。Pとはポジティヴ、Nとはネガティヴです。すなわち人の心にはPとNとがある。Nの気持ちと言葉で子どもに接すると、子どもからはNの反応が返ってくる。しかしPの気持ちと言葉で接すると、子どもからはPの反応が返ってくる。分かりやすいなと思いました。
 つい親は子どものできないところにばかりに目が行ってしまいます。もちろんそれは子どもへの期待が大きいことの現れでしょうが、それを言葉にしてしまうと、子どもからは反発する言葉と態度しか帰ってきません。褒めて育てろとはよく言います。でも褒めるのも容易ではない。褒め言葉なんて出てこないのが普通です。褒めるのにも練習が必要なのです。しかし、褒めなくてもいいから、今、出来ていることを認めて、頑張っていることを認めてあげるだけで構いません。それが肯定的なメッセージになります。それで子どもは素直に育ちます。

 さて、話しは変わりますが、先週火曜日朝6時、サイレンの音が鳴り響きました。空襲警報を連想した方も多かったのではないでしょうか。国と国との対応もPとNではないでしょうか。Pの対応で国交を行うと上手くいくのではないかと思うのは甘い考えなのでしょうかね。北朝鮮もアメリカも、そして日本の政府の対応も不安でなりません。

写真は去年、長崎で撮った平和祈念像です。

癒やしの森

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 お盆の休みを利用して札幌へ行き、息子の結婚式の教会と披露宴会場を下見してきました。そう、彼は来月、結婚するのです。
教会は荘厳な雰囲気で良かったですし、それに隣接する披露宴会場も落ち着いていて素敵でした。

 まあそれは𠮷として、今回時間が出来たので札幌のすぐ北にある野幌森林公園へ行ってきました。実は自分が高校生の頃、その公園の直ぐ近くに住んでいて、日曜日よく一人で散歩したものでした。双眼鏡を首からぶら下げ、野鳥の姿を追いながら歩きました。公園と言ってもそこは北海道、周囲は10kmもあるでしょうか。中心部の一般コースを歩くだけでもゆうに1時間は掛かる広大な公園です。
久し振りに訪れたその森は緑豊かな広葉樹の森で、懐かしく心癒やされました。その時、分かったような気がしたのです。自分の原点はこの森にあるんじゃないだろうかと。大学へ行って山岳部に入ったときも、決して最初から山を登りたかったわけではありませんでした。知らない森に行くことができて、見たことのない野鳥に出会えるかも知れないと思ったからです。スノーボードもゲレンデより山を滑るのが好きですし、バイクもワインディングロードが好きです。それらの始まりがここにあるように思えたのでした。

 野幌森林公園、素敵な癒やしの森の公園です。皆さんももし時間があったらその森を歩いてみませんか。

広島の暑い日

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 広島での1週間の研修は学びの多いものでした。3人の児童精神科医の診察を陪席させてもらい、療育機関では実際の療育の様子を見学させてもらいました。還暦を過ぎての新人研修でしたが、実りの多い1週間でした。少しでも彼らに近づきたいという思いと、いやいや自分には到底無理という思いとが交錯していました。
まあ自分にできる範囲で、自分のスタイルを作るしかないのでしょう。

 それにしても広島は暑かったです。連日35℃を越えていました。研修が終わった土曜日、市内に宿を取れず、どうせならと宮島に移動し、そこで6日を迎えました。朝早く、まだ人の少ない厳島神社を参拝し、ホテルに帰って8時15分、島のサイレンが鳴り響きました。そう、6日は原爆記念日でした。例年だと式典の様子を後でニュースで見るだけでしたが、今年は中継をずっとテレビで見ていました。子どもの代表のスピーチに思わず胸が熱くなりました。原爆が投下された日も快晴だったそうです。きっと同じように暑かったのでしょう。今年の8月6日は僕にとっても特別の日になりました。