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遥かなる高みへ

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随分前に同じタイトルで書いたような気がしますが、何を書いたか忘れました。
学生時代、自分のボトルにいつもそう書いていました。
同じタイトルでもう一度。

 先週、古いザイルパートナーHと会ってきました。ザイルパートナーとは山を登るときにザイル(ロープ)を結び合う仲間のことです。彼は優秀な外科医で今関東のある病院に務めています。もし自分が癌でお腹を切らなければならなくなったときは彼にお願いしようと思っています。山岳部で一緒に剱や穂高を登った仲で、8年前にはマッターホルンを登りました。その彼に随分前から次はアコンカグアを登ろうと誘われていました。アコンカグア(6960.8m)はアンデス山脈にある南米の最高峰です。技術的には難しくはありませんが、悪天候(白い嵐=ビエント・ブランコ)に見舞われると猛烈な強風のため行動不能となり、登山の成功率は3割ほどだそうです。実は昔、大学を卒業した年、一人でその山を登ろうと南米行きのチケットまで手配したことがありました。しかしその時は様々な事情がそれを許さず諦めざるを得ませんでした。

 アコンカグアだけでなく南米に一度は行ってみたい。ウユニ塩湖も行ってみたい。背負うものが何もなければ直ぐにでも行くのですが、そうは簡単に行きません。「5年後なら行けるかも」と返事をしました。Hは「5年後か〜。それまで体力を落とさないように鍛えておかなくちゃ」と。さて、5年後、僕はアコンカグアの頂に立つことが出来るでしょうか。まあ夢を見るのはトレーニングをするモチベーションに繋がるでしょう。この年になって体力を維持することの難しさを感じています。

 写真はWikipediaから。

八甲田レポート:雪解け

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 良く晴れた日曜日、久し振りで八甲田へと出掛けました。下から見上げると随分と雪が少なくなりましたが、それでも北側の斜面や林の中では残雪が多く、登山道も半分ほどは雪に覆われていました。湿原は雪解けの水に覆われ、ようやくマンサクとショウジョウバカマ、ミズバショウが咲き始めたばかり。稜線ではコメバツガザクラが可憐な花を咲かせていました。春一番に咲くミネズオウはもう時期を過ぎたようです。
 まだ道が雪で覆われているためか登山客はそれほど多くありません。静かな山でした。あと1ヶ月もすると湿原はお花畑になるでしょう。季節が進むにつれ、それぞれの花が順に咲いて行きます。山では登るたびに違う花と出会えます。

ペアトレ募集

昨年1年間、FOUR WINDS弘前大会の準備でお休みしていたペアレント・トレーニングの講座(通称ペアトレ)を再開します。
まず今年度の第1回目の講座を6月9日から開始します。
隔週で全7回。
当院で行うまめの木式(精研方式)のペアトレはADHDや自閉症スペクトラム障害などの発達障害のあるお子様に限定せず、「どうも子どもとうまく関われない」「優しくしたいのに結果的に叱ってしまう」など、よくある育児上の困った行動への対応を学ぶことができます。

詳細は下記の通り
日程:日程は6月9日(木)から9月1日(木)までの隔週の木曜日
   午後2時半〜午後4時まで(各セッション90分)
対象:原則として全ての回に参加できる方
会場:城東こどもクリニック プレールーム
参加費:300円(資料代として)
申込先:クリニックの赤平か、ことりの森の佐藤まで
申込み締めきり:平成28年6月4日(土)

ほめ上手になってお子さんの「笑顔」と「やればできる」を増やしましょう!


以前、このブログに載せた記事を再掲します。

【ペアレント・トレーニング】
 ペアレント・トレーニングという言葉を聞いたことがあるでしょうか。子どもの行動に振り回され、ついかっとなって怒ってしまい後で後悔する、そんな経験は誰しもあるものだと思います。「先生でも怒ることがあるんですか?」とよく言われますが、僕だってルールを破ってゲームを止めない息子に腹を立て、テレビのコードをはさみで切ってしまったり、レストランで泣きやまない娘を車に閉じこめたりしたことがあります。これは明らかに虐待です。今も凄く後悔しています。ADHD(注意欠陥多動性障害)や高機能自閉症などの発達障がいの子どもを持つ親御さんはそういう場面がしばしば出てきます。
 ペアレント・トレーニングはそんなストレスや深刻な悩みを抱える家族を支援する方法の一つとして、アメリカの精神科医によって今から30年以上前に開発されました。日本でも肥前方式、精研方式などといった日本人向けの改良版が実施されており、訓練を受けたトレーナーの指導の下で行われています。
 親にとって子どもが「してほしくない行動」をとったとき、感情的になって子どもを怒ってしまったり、はたまた諦めて放っておく、などといった対応では、その行動は減るどころかますますエスカレートしたり、あるいは反抗的になったり、親子関係そのものが悪くなってしまいます。それは親にとっても子どもにとっても不幸なことです。ペアレントトレーニングは親が子どもの行動変容における心理やパターンを理解・分析し、具体的にどのような対応ができるかを学習して行きます。それは単に親自身のストレスを除くだけではなく、子どもの補助治療者としてトレーニングするプログラムなのです。

岩木山レポート:スミレの群生

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 日曜日、カタクリの花を見たくて岩木山へと向かいました。百沢の登山口から10分ほど登ったところにカタクリが群生し、例年だと5月の上旬、可愛い紫の花を一面に咲かせます。しかし今年は山の花も早かったようで、カタクリの花は既に咲き終わり、代わりにスミレが群生していました。スミレの種類は多く、写真のスミレは何というのか良くわかりません。多分タチツボスミレかな?
 最近の自分の体力不足を自覚しているのでゆっくりとしたペースで登ったお陰か、ピークまでばてることなく登れました。所要時間3時間余。学生時代は2時間ちょっとで登っていたから随分と遅いペースです。まあ今の僕にはそんなものでしょう。しかし僕の足は下山までは持ちませんでした。半分ほど降ったところで膝が悲鳴を上げ出しました。膝関節のクッション性が低下しているのと、それをカバーする脚力も落ちているのです。週明けの2、3日は階段を上り下りするのもやっとでした。体力を維持するのも難しい年齢になってきました。焦らず、鍛え直そうと思う今日この頃です。

青い池

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 GWに北海道の青い池へ行ってきました。ネットで紹介されているのを見て、是非一度行ってみたいと思っていた場所でした。ネットで検索するともっといろんな季節の素敵な写真がたくさん出ています。この池は実は自然に出来た池ではなく、美瑛川の堰堤として作られた池で、偶然この色が生まれたとか。このあたりの湧き水に含まれる水酸化アルミニウムが川の水と合わさってコロイド状態になり、その粒子に太陽光が衝突散乱し青くなるとか(Wikipediaより)。実際に行ってみて確かに美しい青い池でしたが、堰堤で出来た池と知り少し残念に思いました。自分としては自然の中の十二湖の透き通った青池の方が好きです。

 さて、帰りに札幌に寄り息子に会ってきました。彼はこの春、大学を卒業し、前から付き合っていた彼女との結婚に向け、新居へと引っ越しの最中でした。昨年、娘が手を離れ、今年は息子が独り立ちしました。彼女と新しい家庭を築きつつある息子を見て、我々の子育てもこれで本当に終わったと思うと感慨深げで、何故か一抹の寂しさも感じていたのでした。

白か黒か

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 ストレスの多いインフルエンザの診療もそろそろ終わりです。そのストレスとは医療を提供する側と受ける側の意識の差から来るものでしょうか。もう少し正確に言うならば自分がやりたい医療と患者さんが望む医療のギャップでしょうか。
 多くの方が重症度を問わずインフルエンザかどうかの診断と治療薬を希望されます。マスコミに不安を煽られたり、会社あるいは園、学校から診断を求められることも少なくありません。しかし最近思うのは白黒はっきり診断を付けることにどれだけ意味があるのだろうかということです。
インフルエンザの診断キット自体、100%の精度で診断することは出来ないし、仮に診断して厳密に出停措置をとったとして、それでインフルエンザの流行を防ぐことが出来るわけではありません。出停にどれだけ意味があるのだろうと疑問に思うのです。タミフルなどの治療薬を使わなくてもほとんどのインフルエンザは治るし、罹ったときにその子の状態を正しく評価して適切な医療をすれば良いのではないかと思うのです。インフルエンザに全例、抗インフルエンザ薬を使うのはある意味過剰医療ではないでしょうか。
 発達障害でも白黒はっきり診断を求められることが多いようです。世の中、白黒だけでなく、グレーもある。他の色だって沢山ある。いつから日本は白黒しか認めない二元的な社会になってしまったのでしょうか。

 絶対的な信頼感を持てた赤ちゃんは好ましい愛着形成を築くことが出来ます。しかし大好きな母(good mother)の中に、怖い母(bad mother)の存在に気付いたとき、大好きお母さんでもbadな所もあることに気付き、子どもはgoodとbadを統合して行きます。good とbadを統合できないと、人を白か黒かだけで見て、灰色で見られなくなります。自分自身もgoodとbadが分裂し、一貫した思考が出来ず、ストレスがたまり、精神的混乱、心身症、異常な行動の引き金になると言われています。
 さて、今の日本、白か黒かでしかものを見られなくなってきているのだとしたらそれは日本の自己像が不安定であることを意味していると言えるのかも知れない・・・なんて考えていました。

GWまでは持ちそうにありませんが、今年の桜も綺麗でしたね。

八甲田レポート:崩れる前に

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 雪が少ないからなのか、あるいは午後から天気が崩れるという予報の所為か、日曜日の八甲田は登山客もスキーヤーもほとんどいない静かな山でした。新しい足跡は幾つかありましたが、登っている最中、ほとんど誰とも出会うことはありませんでした。あまりの人気のなさにちょっと人恋しくなり、立ち寄った山小屋も誰もいませんでした。午後から大荒れとの天気予報にお昼までは持つだろうと空を睨みながら登山でした。
 雪はまだ完全には締まっておらず、一歩一歩、くるぶしまで潜らせながらの登山は今の僕には結構ハードでした。しかしおそらくあと1ヶ月もすると稜線から花が咲き出すでしょう。そして6月には湿原はお花畑になるはずです。去年は忙しくその季節に来ることが出来なかったので、今年は出来るだけ山へ通おう秋田駒や鳥海山も良いなと考えながら登っていました。

子どもの声は騒音?

 ご覧になった方もいるでしょうが、先日関東のI市で保育所を作ろうとしたところ、子どもの声でうるさくなると反対され、保育所の建設が中止されたとのニュースがありました。保育所と騒音で検索すると沢山ヒットします。子どもの声が騒音だなんて!!
 同じ日のニュースに、父親が2歳と3歳の我が子を収納ケースに押し込め死なせてしまったという事件がありました。理由はテレビをたたくなどして騒いでいたからと。

 この二つのニュース、どちらも根は同じと感じました。なぜ子どもの声をうるさく思うのでしょう。大人が子どもと接するとき、知らず知らずに自分の子ども時代と事が想起されると言われています。澤田敬先生はお母さんが赤ちゃんに“いないいないばー”をするとき、赤ちゃんは楽しくて笑いますが、遊んであげているお母さんも間主観的に楽しくなる、それはお母さん自身の子どもの頃の表象世界(心の中のアルバム)が想起され、童心に返って楽しくなるのだと言っています。子どもの声をうるさく思うのはネガティヴな辛い表象世界が現れるからかも知れません。それは楽しい子ども時代を過ごしていなかったから? しかし誰しも辛い思い出だけでなく、楽しい思い出もあるはずです。辛い思い出の方が先に現れるのは、おそらくその人が今置かれている環境にもよるのではないでしょうか。家族関係が気まずかったり、地域社会から孤立していたり。そもそもその地域社会が貧弱では孤立云々以前の問題かも知れませんね。

 虐待も同じです。騒ぐ子どもに心がかき乱されるのは、自分自身が親に虐待された表象が想起され、同じように虐待してしまう。それを救うのは何時でも相談できる友人がいたり、それに代わる公的な機関があったり、自分の辛い過去を言葉にして言える環境が必要なのです。
小児科医院もその一つになるべきなのではないかと考えています。
予防接種や健診で受診したときそのサインを見付けてあげたいといつも思っています。当院のスタッフもいつでも相談相手にあげられますよ。
気軽に話しかけてくださいね。

子どものトラウマと心理発達

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 日曜日、カナダのトロント大学精神科准教授、キャスパー・チューター先生の講演会に参加してきました。テーマは“子ども時代のdisplacement、及びそのパーソナリティ形成に及ぼす影響”
displacementとは強制的に移住されること。戦争や災害で故郷を追われ、無理矢理、別の土地に移住させられた家族の中の子ども達の心理発達がテーマでした。今の日本でも5年前の震災で故郷を離れざるを得なかった人、福島のように帰りたくても帰れない家族が沢山います。今回の講演はそれを踏まえての講演依頼だったと理解しました。
 講演の中でチューター先生は子に掛かるトラウマ状況の影響はそれに対処する両親のキャパシティに左右されると述べていました。家族にストレスに対処する力があれば乗り越えられるということでしょう。戦争や災害からくる大きなトラウマもありますが、引っ越しなどのdisplacementも低レベルのトラウマになりえます。
 両親が十分な情緒的包容力を持たない場合、それらのトラウマが子どもの人格に大きな影響を与える可能性があります。そうすると良いか悪いかのどちらかだけに分裂し、白か黒しか認めない窮屈な人格が出来てしまいます。健全な人格の発達には*乳児にとって安全で穏やかな首尾一貫した環境があること、*食事、暖かさ、快適さ、静けさといった身体的現実的な面と同時に、母/両親と乳児との優しい体の触れ合いを通して感情的な側面が育まれることが必要です。安全基地を与えることが出来なくてはならないのです。

 さて、振り返って僕は小さい頃から引っ越しと転校を繰り返してきました。おそらく僕の両親はそれに対応するキャパシティを持っていたのだと思いますが、その体験は自分の性格に多少なりとも影響を与えているのではないかと思うのです。
春、転勤で弘前から離れる人、新しく来る人が多いこの時期、それが子どもに重大な影響を与えることのないよう、我々は上手に支える必要があるのではないかと思いました。

 写真は講演会が始まるまでの空いた時間でスタッフと行った世田谷の豪徳寺の観音様です。このお寺は招き猫のお寺として知られ、観音様の周りには願いを叶えた沢山の招き猫が奉納されていました。
招き猫に囲まれ、観音様はにっこり笑っていました。

行き違い

 5年前、僕の呼びかけで結成されたつがる小児科医の会、年に3,4回の学術講演会を開催してきました。先週土曜日はその第16回目の学術集会でした。発達障害で著名な平岩幹男先生をお招きしての講演会でした。今回は弘前自閉症スペクトラム支援ネットとの共同開催ということで、小児科関係者だけでなく療育関係者も参加し60名以上の大きな会となりました。その平岩先生のお話から。

行き違い
 平岩先生は患者や家族の思いと医療機関の考えとの間には行き違いがあるとお話しされました。自閉症の子を持つ家族はその治療と将来の展望を期待して医療機関を受診されます。しかし自閉症に根本的な治療があるわけではなく、医療機関はただ検査と診断をして「様子を見ましょう。長い目で見守りましょう。温かく見守りましょう」と話して帰すだけ。そこには大きな行き違いがある。
それは医療機関が子どもと家族の困りごとに対して何も具体的な対応の指示が出来ないからではないのか。自閉症の診断より困りごとのへの対応が必要。それが改善するのなら診断はなくても構わない!!

 正に日頃、僕が考えていることそのものでした。先生は療育機関を紹介することなく、ご自分のクリニックで、一人で子ども達とその家族に向き合い、オーダーメイドで対応を考えて指導(練習してもらう!)しているのだそうです。治療薬を使うことも少ないと。そして子ども達のself-esteem(自尊感情)を傷つけない、高めることが一番大切と。
 何より感心したのは平岩先生が子どもの観察に掛ける時間の長さでした。じっくりと観察し、その子がどこに困りごとを感じているかを探り、そしてその子にあった方法を考え、それをお母さんにも練習して貰うのだそうです。

 講演はその具体的なアドバイスが満載でした。それは何も自閉症の子ども達だけに使えるものではありません。どの子に対しても役に立つもので、早速外来で色々と試していました。
「注射、頑張れる人は手を上げて」「はーい」なんてね (^_-)-☆