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八甲田レポート:崩れる前に

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 雪が少ないからなのか、あるいは午後から天気が崩れるという予報の所為か、日曜日の八甲田は登山客もスキーヤーもほとんどいない静かな山でした。新しい足跡は幾つかありましたが、登っている最中、ほとんど誰とも出会うことはありませんでした。あまりの人気のなさにちょっと人恋しくなり、立ち寄った山小屋も誰もいませんでした。午後から大荒れとの天気予報にお昼までは持つだろうと空を睨みながら登山でした。
 雪はまだ完全には締まっておらず、一歩一歩、くるぶしまで潜らせながらの登山は今の僕には結構ハードでした。しかしおそらくあと1ヶ月もすると稜線から花が咲き出すでしょう。そして6月には湿原はお花畑になるはずです。去年は忙しくその季節に来ることが出来なかったので、今年は出来るだけ山へ通おう秋田駒や鳥海山も良いなと考えながら登っていました。

子どもの声は騒音?

 ご覧になった方もいるでしょうが、先日関東のI市で保育所を作ろうとしたところ、子どもの声でうるさくなると反対され、保育所の建設が中止されたとのニュースがありました。保育所と騒音で検索すると沢山ヒットします。子どもの声が騒音だなんて!!
 同じ日のニュースに、父親が2歳と3歳の我が子を収納ケースに押し込め死なせてしまったという事件がありました。理由はテレビをたたくなどして騒いでいたからと。

 この二つのニュース、どちらも根は同じと感じました。なぜ子どもの声をうるさく思うのでしょう。大人が子どもと接するとき、知らず知らずに自分の子ども時代と事が想起されると言われています。澤田敬先生はお母さんが赤ちゃんに“いないいないばー”をするとき、赤ちゃんは楽しくて笑いますが、遊んであげているお母さんも間主観的に楽しくなる、それはお母さん自身の子どもの頃の表象世界(心の中のアルバム)が想起され、童心に返って楽しくなるのだと言っています。子どもの声をうるさく思うのはネガティヴな辛い表象世界が現れるからかも知れません。それは楽しい子ども時代を過ごしていなかったから? しかし誰しも辛い思い出だけでなく、楽しい思い出もあるはずです。辛い思い出の方が先に現れるのは、おそらくその人が今置かれている環境にもよるのではないでしょうか。家族関係が気まずかったり、地域社会から孤立していたり。そもそもその地域社会が貧弱では孤立云々以前の問題かも知れませんね。

 虐待も同じです。騒ぐ子どもに心がかき乱されるのは、自分自身が親に虐待された表象が想起され、同じように虐待してしまう。それを救うのは何時でも相談できる友人がいたり、それに代わる公的な機関があったり、自分の辛い過去を言葉にして言える環境が必要なのです。
小児科医院もその一つになるべきなのではないかと考えています。
予防接種や健診で受診したときそのサインを見付けてあげたいといつも思っています。当院のスタッフもいつでも相談相手にあげられますよ。
気軽に話しかけてくださいね。

子どものトラウマと心理発達

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 日曜日、カナダのトロント大学精神科准教授、キャスパー・チューター先生の講演会に参加してきました。テーマは“子ども時代のdisplacement、及びそのパーソナリティ形成に及ぼす影響”
displacementとは強制的に移住されること。戦争や災害で故郷を追われ、無理矢理、別の土地に移住させられた家族の中の子ども達の心理発達がテーマでした。今の日本でも5年前の震災で故郷を離れざるを得なかった人、福島のように帰りたくても帰れない家族が沢山います。今回の講演はそれを踏まえての講演依頼だったと理解しました。
 講演の中でチューター先生は子に掛かるトラウマ状況の影響はそれに対処する両親のキャパシティに左右されると述べていました。家族にストレスに対処する力があれば乗り越えられるということでしょう。戦争や災害からくる大きなトラウマもありますが、引っ越しなどのdisplacementも低レベルのトラウマになりえます。
 両親が十分な情緒的包容力を持たない場合、それらのトラウマが子どもの人格に大きな影響を与える可能性があります。そうすると良いか悪いかのどちらかだけに分裂し、白か黒しか認めない窮屈な人格が出来てしまいます。健全な人格の発達には*乳児にとって安全で穏やかな首尾一貫した環境があること、*食事、暖かさ、快適さ、静けさといった身体的現実的な面と同時に、母/両親と乳児との優しい体の触れ合いを通して感情的な側面が育まれることが必要です。安全基地を与えることが出来なくてはならないのです。

 さて、振り返って僕は小さい頃から引っ越しと転校を繰り返してきました。おそらく僕の両親はそれに対応するキャパシティを持っていたのだと思いますが、その体験は自分の性格に多少なりとも影響を与えているのではないかと思うのです。
春、転勤で弘前から離れる人、新しく来る人が多いこの時期、それが子どもに重大な影響を与えることのないよう、我々は上手に支える必要があるのではないかと思いました。

 写真は講演会が始まるまでの空いた時間でスタッフと行った世田谷の豪徳寺の観音様です。このお寺は招き猫のお寺として知られ、観音様の周りには願いを叶えた沢山の招き猫が奉納されていました。
招き猫に囲まれ、観音様はにっこり笑っていました。

行き違い

 5年前、僕の呼びかけで結成されたつがる小児科医の会、年に3,4回の学術講演会を開催してきました。先週土曜日はその第16回目の学術集会でした。発達障害で著名な平岩幹男先生をお招きしての講演会でした。今回は弘前自閉症スペクトラム支援ネットとの共同開催ということで、小児科関係者だけでなく療育関係者も参加し60名以上の大きな会となりました。その平岩先生のお話から。

行き違い
 平岩先生は患者や家族の思いと医療機関の考えとの間には行き違いがあるとお話しされました。自閉症の子を持つ家族はその治療と将来の展望を期待して医療機関を受診されます。しかし自閉症に根本的な治療があるわけではなく、医療機関はただ検査と診断をして「様子を見ましょう。長い目で見守りましょう。温かく見守りましょう」と話して帰すだけ。そこには大きな行き違いがある。
それは医療機関が子どもと家族の困りごとに対して何も具体的な対応の指示が出来ないからではないのか。自閉症の診断より困りごとのへの対応が必要。それが改善するのなら診断はなくても構わない!!

 正に日頃、僕が考えていることそのものでした。先生は療育機関を紹介することなく、ご自分のクリニックで、一人で子ども達とその家族に向き合い、オーダーメイドで対応を考えて指導(練習してもらう!)しているのだそうです。治療薬を使うことも少ないと。そして子ども達のself-esteem(自尊感情)を傷つけない、高めることが一番大切と。
 何より感心したのは平岩先生が子どもの観察に掛ける時間の長さでした。じっくりと観察し、その子がどこに困りごとを感じているかを探り、そしてその子にあった方法を考え、それをお母さんにも練習して貰うのだそうです。

 講演はその具体的なアドバイスが満載でした。それは何も自閉症の子ども達だけに使えるものではありません。どの子に対しても役に立つもので、早速外来で色々と試していました。
「注射、頑張れる人は手を上げて」「はーい」なんてね (^_-)-☆

八甲田レポート:冬の終わり

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 春分の日、久し振りに出掛けた八甲田、もうすっかり樹氷は消え、春の近いのを感じます。しかし先週からの寒気に、氷の鎧を下ろしたばかりの木の枝は再び凍りつき、寒そうに揺れていました。 しかし硬いアイスバーンの上に10cm程の新雪が積もり、登るのには、そしてボードで滑り降りるのにも快適でした。少しずつ体が慣れてきたのか、背中のボードも重くは感じませんでした。来週は急患診療所、再来週は東京で、きっと今シーズン新雪を滑るのはこれが最後でしょう。
 残念ながら視界は悪く、綺麗な写真は撮れませんでしたが、時折の日の光はもう春の日差しで、酸ヶ湯対岸の稜線が眩しく輝いていました。

最後の卒業式

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 先週の金曜日、クリニックを休診にして、息子の大学の卒業式に参列してきました。子ども達の卒業式には確か1回だけ出た記憶があります。小学校の卒業式だったと思います。仕事を休めず、ほとんど出たことはなかったのでした。昨年娘が大学を卒業し、今年の息子の卒業式でこれが最後と出席することにしたのでした。我が家の子ども達は二人とも初め北海道に行くことを嫌がっていました。ですが6年間を過ごした札幌をすっかり気に入ったようで、結局二人ともそこに就職することになりました。僕自身、小学校6年から中学、高校を過ごした北海道を故郷のように思っていますから、子ども達も同じ土地を生きたことに、そしてこの先もそこで生きて行くことには感慨深いものがあります。

 謝恩会にも出てきました。もちろん謝恩会の主役は先生方ですから、父兄は隅っこでオブザーバーとしての参加です。ホテルでの謝恩会は華やかでお料理も美味しく素晴らしいものでした。そして自分自身の大学の卒業式、謝恩会のことを思い出していました。実は僕は謝恩会をボイコットしたのです。やはり会場は市内のホテルだったのですが、「お金のない学生がなにも高いお金を出してホテルでやることはない、生協でやれば良い」と主張したのです。しかし当然、誰にも聞き入れられず、賛同してくれた友人と二人だけでお祝いしたのでした。今から思えば世間知らずでしたが、今でも間違っていたとは思っていません。虚勢を張ることなく、分相応に、あるがままに生きて行けば良いと思っています。

暖冬少雪とは言え、そこは北海道です。北の大地はまだ一面雪に覆われていました。

パパママ教室 最後の講話

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 5年前の4月から弘前市のパパママ教室で年に数回、未来のパパママ達にお話しをしていました。自分ではプレネイタルビジットの一環のつもりでした。プレネイタルビジットとは赤ちゃんが生まれる前から小児科医が育児指導や育児相談を行うことです。そのパパママ教室が今年の4月、集団指導という形から個別指導に変わります。保健センターで現在年4回行われていたものが、“ひろろ”で毎週個別に行われることになります。それと同時に小児科医(私)の講話がなくなります。集団から個別へというのは社会の流れなのでしょう。予防接種や健診も昔の集団接種、集団健診から個別接種、個別健診へと変わってきました。生活スタイルもそれぞれですし、指導するポイントもそれぞれですので、それは当然の流れなのでしょう。
先の日曜日は僕にとっての最後のパパママ教室、最後のお話でした。

 そのパパママ教室でこれまで僕は自分が一番伝えたいことをお話ししてきました。それは親子の絆の話し、愛着のお話しです。子どもを充分にあまえさせることで、安定した愛着形成がなされ、それが子どもの心にしっかりと安定した土台を作ります。子どもが心身ともに健やかに育つには子どもが親にあまえることがニード(必須)のことなのです。
パパママ教室はそれを少しでも伝える手段だったのですが、若いパパママにそれを伝える手段を新たに考えなければなりませんね。
市は参加者にはリーフレットを配るから大丈夫と言っていましたが・・・ (・_・;

 さて、今週、息子の大学の卒業式に出席しています。自分のパパ業もこれで一段落出来るでしょうか。

岩木山レポート:雪山と体力不足

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日曜日、ボードを担いで久し振りに岩木山へと出掛けました。少しずるをして百沢スキー場のリフトの終点、標高730mからのスタートでした。
(学生時代、山岳部で自分がリーダーのとき、後輩達のブーイングを無視して長野の白馬スキー場を下からリフト終点まで一日掛けて登ったのを思い出します。)
一番乗りを目指しましたが、ちょっとしたトラブル発生。スノーシューをリフトから落としてしまったのです。落としたスノーシューを回収し、リフトに乗り直し、少し遅れてのスタートでした。既にトレース(踏み跡)がついていて、更に楽をしてしまいましたが、それでも今の僕にはきつかった。先行パーティーに追いつくどころか、途中で下から登ってきたスキーヤーに追い越される始末 (×_×)
体力の衰えを痛感させられました。

 頂上直下の斜面を、先行パーティーのトレースをそれて登りだしましたが、膝上までのラッセルはやはり苦しかった。頂上まであと少しのところで、ガスって視界不良となり、それを言い訳にして登頂を諦め、ボードを履いて滑り出しました。登りは良いのですが、ボードを履いての下山はルートが見えないと不安になります。しかも視界が悪くなるととたんにバランスも悪くなります。斜面に対して自分がどんな向きで立っているのか分からなくなるのです。そうなると深雪を楽しめません。転ばないようにするのがやっと。それでも少し下ると視界が良くなり、気持ちよく滑ることが出来ました。対岸を登るボーダーが手を上げて挨拶してくれました。きっと僕の気持ちよさが伝わったのでしょう。ただ気持ちよく滑れたのは最初だけで、五合目から下はブッシュに手こずり、へとへとになって下山したのでした。

最後の最後でピークを諦めたのはやはり体力不足の所為でしょう。体力を付けるのは大変ですが、衰えるのは直ぐです。もっともほぼ半年、運動らしい運動をしなかったのですから当然と言えば当然ですよね。
暖かくなったら本格的に体を鍛え直すつもりです。

ロバートソン・フィルム Jane

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 日曜日、渡辺久子先生によるロバートソンフィルムのセミナーに参加してきました。ロバートソンフィルムは愛着理論を確立したボウルビィの弟子のロバートソン夫妻によって、1950年代にイギリスで撮影された子どもの発達心理行動研究のためのフィルムです。そこには2歳前後の子どもが次子の出産のため母親と離され、里親や乳児院に預けられ、「自分に何が起こっているか分からない」戸惑いや不安が克明に記録されています。世界中の子どもの心のケアに関わる人たちがこのフィルムを繰り返し何度も視聴し学んでいます。母子分離をテーマにした全5巻の白黒フィルムですが、今もそのフィルムから多くのことを学ぶことが出来ます。

 今回のフィルムは「Jane」、17ヶ月の女子でした。Janeは暖かい家庭で育てられました。ただ父親は規律正しく育てようとしました。母が入院し里親に預けられたJaneは初めの数日、快活で機嫌良く、むしろちょっと大げさに笑っていました。その笑いは少し不自然に見えました。そして里親のロバートソンさんがわざと姿を隠すと、Janeはご近所だった自分の家の庭のドアを開けようとします。そのJaneの仕草はちょっと後ろめたそうに見えました。Janeの笑顔は毎日変わります。4日目ようやくJaneは泣き出します。イヤイヤをします。やっと素直な自分を出せたのです。久子先生は、泣かずに過ごす3日間を善し悪しは別にしてJaneのdefense力の高さだと言っていました。ロバートソンフィルムの他のどの子も、母親と分離された数日間に表情や仕草が激しく変わります。その対応を間違えるとそれは大きな心の傷となり、その後の人生にも影響するのです。

 第一次反抗期とも言われる2歳前後は最も不安定な時期です。なんでも自分でやりたがるかと思えば親に激しく甘えてきます。子どもの対応に難儀するお母さんも多いかと思います。この時期は親に嫌われるのではないかという不安の強い時期でもあります。そんな時期の突然の母子分離が子どもに大きな影響を及ぼすことは当然のことなのです。久子先生は保育園に預けるのならそれより早いかもっと遅い時期にするべきだと言っています。お子さんを保育園に預ける方も多いかと思いますが、ちょっと心に留めておいてくださいね。

写真は貿易センタービルからみた東京タワー。スマホで撮ったのでこれが限界です。展望台には大きなカメラを抱えたヒトが沢山集まっていました。

検査結果

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 メルマガでは既にお知らせしたのですが、1月末のバイオプシーの検査結果を12日に聞いてきました。結果は陰性、癌はないとのことでした。
 今まで表に出していませんでしたが、疑っていた病名は前立腺癌でした。昨年末、ピロリ菌の抗体価を調べるついでに、偶然検査したPSAが高かったのです。PSAは前立腺癌の腫瘍マーカーで特異性が高く、前立腺癌で検索するとPSAが高いだけでも手術の適応と出ていました。前立腺癌は早期であれば比較的予後のよい病気です。間寛平さんや畏れ多いですが天皇陛下も同じ病気でした。そんな訳で、初期だしまあ死ぬことはないだろうとあまり心配していなかったのです。それでも手術は必要だろうと覚悟していました。そのため2月末の健診の予約をストップし、入院に必要なものを準備していたのです。しかし幸いにも病理検査の結果は陰性。腑に落ちないところはありますが、先ずは良かったです。この後はPSAの値で経過を観察することになります。今は2ヶ月後のPSAが正常に戻っていることを祈っています。

 予後は良いとは言え癌は癌ですから、この1ヶ月半やはり多少は抑うつ気分だったのでしょう。ニセコも心からは楽しめず、山へ行く気力も湧いてきませんでした。
 今回、色々と勉強になりました。これまで沢山の死を見てきましたが、自分自身の死を現実のものとして考えることはありませんでした。それと向き合うことで、周りに優しくしている自分に気付きました。いつもならストレスフルな状況にとげのある言葉が出てしまうこともあるのですが、優しく診察している自分がいました。半分くらいは覚悟できたからかも知れません。今回は大丈夫でしたが、何時また病気になるかも知れません。常日頃から覚悟できている自分でありたいです。

 外来で多くの方に元気になってくださいと声を掛けていただきました。皆様、心配してくれてありがとうございました。
松原は先ずは元気です。もうしばらくは仕事できそうです。

 写真は昔撮ったニッコウキスゲ。子ども達がみんなこの花のように元気に輝いて欲しいです。今年は山も行ってまた花の写真を撮ってこようと思っています。良い写真が撮れたらまたアップしますね。