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インフルエンザの2度罹り その2

 今期、同じA型のインフルエンザに2回罹る子どもがいることが小児科医のMLでも話題になっていました。どうやら今、二つの型のA型インフルエンザが流行しているようです。一つは以前、新型インフルエンザとして問題になったAH1pdm09。もう一つはAH3いわゆるA香港型。同じA型でも多少遺伝子は違うので2回罹ることはあります。さて、どうなのでしょうね。当院で経験した2例も2つの型のA型インフルエンザに罹ったのかも知れません。しかし免疫ができずに同じ型に罹ったのかも知れませんし、それは調べられていなので分かりません。ただ自分自身は抗インフルエンザ薬は使ったことはないし、マスクをしなくてもインフルエンザには滅多に罹りません。何度か罹って免疫が強くなり、罹りにくくはなっているのでしょう。シーズン初めに何となく体が重いのは、発熱や咳は出なくても軽く罹っているのだろうと思っています。そんな時は漢方薬を飲んで、早くに寝ることにしています。


 さて、今期、呼吸障害で積極的な治療が必要な子が数名出ています。新型インフルエンザのパンデミックの時もそうでした。おそらく同じAH1pdm09のインフルエンザに罹って呼吸障害を起こしたのだろうと思っています。ただどの子も診断前に発症から1日以内(第0〜1病日)で合併症を起こしていました。初診時、あるいは翌日インフルエンザの診断確定時に既に呼吸障害がありました。つまり抗インフルエンザ薬を投与する前に既に呼吸困難の症状が出ていたのです。
 インフルエンザはほとんどが安静にしていれば治りますが、やはり稀にある合併症には注意が必要です。そしてそれは抗インフルエンザ薬を使用すれば防げるものではないと考えています。

インフルエンザ=抗インフルエンザ薬はやはりおかしいです。


それにしても昨今、患者さんも園・学校・会社も加えて医療機関も、検査キットに振り回されていると思いませんか?

インフルエンザの2度罹り

連日のようにインフルエンザに関するニュースが報道されていますが、青森県の流行も警報レベルに達したようです。津軽地域も今週に入り急に増加してきました。しかし今のところ当院では重症例はなく、苦しそうにしている子どももそう多くはありません。

今シーズン、A型インフルエンザの2度罹りを2例経験しました。これまでも1シーズンでAとBの両方に罹る子はいたのですが、同じA 型に2回罹った子はそうはいませんでした。理由として二つ考えられます。一つは違うタイプのA型に罹った。二つ目は二人とも抗インフルエンザ薬を使用したので、インフルエンザに対する免疫の獲得が不十分で2回罹ってしまった。
ゾフルーザはウイルスが増殖するのを抑えます。ということは体の免疫応答、抗体の産生も弱いのではないかと思うのです。以前、タミフルでも使用すると免疫の獲得が不十分となるという報告がありました。タミフルは感染した細胞からウイルスが飛び出すのを抑える薬剤ですから、ウイルス量そのものはそれなりにあるはずです。それがゾフルーザではウイルスの増殖を抑えるのでウイルス量は更に少なくなります。当然免疫応答も弱くなるのではないかと思うのです。
(まだ報告は出ていませんが・・・)

罹ったら自力で治して、あるいは漢方薬で免疫能を高め、自分自身の抵抗力を高めるのが良いのではないかと思っていますが、賛同してくれる人は多くはありません。僕がマスクをしなくてもインフルエンザに罹らないのは、何度か罹ってしっかり免疫ができているからなのですが、それを話しても納得してくれる人は少ないです。毎年シーズン初めに何となく体が重くなるのは、インフルエンザに感染して、発症しなくても体の中で免疫君が戦っているからかな〜なんて思っています。そんな時は激しい運動もお酒も控えています。


先ずは普段から規則正しい生活と睡眠をしっかり取って、インフルエンザに負けない体力を付けましょうね。

2種類のハグ

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新年のご挨拶を書かないまま、松の内もとうに過ぎてしまいました。これが今年最初の「院長のひとこと」です。

今年は元旦からクリニックの除雪していない駐車場に無理矢理入り、車を亀の子状態にしてしまって脱出するのに一苦労。帰省して遊びに来ていた孫をあやそうとひねって腰を痛め、20年間毎年行っていたニセコ行きを断念したりと、新年早々トラブル続きでした。
今年は意識改革し、できないことは無理しない、できることだけ頑張ろうと思っています。そして弱った体を鍛え直そうと新年の誓いを立てました。(ついついオーバーワークになる自分を反省しています)

さて、新年最初の話題はハグ。年末に、当院に来てくれている心理士さんから聞いた話です。ハグに2種類ある。それは子どもが不安を感じた時、「大丈夫、大丈夫」と抱きしめるハグと、子どもを「愛おしい」とギューッとするハグ。どちらも大事。その親子にどちらが足りないかを見極め、足りない部分をサポートする事が大切と言うのですが、なかなか難しいですね。

正月、しばらく我が家で過ごしていた孫達は大分“じいじ”にも慣れ、泣かずにハグさせてくれました。腰は痛いですが、孫達の笑顔に心は幸せでした。

それでは皆様、本年もHP、クリニック共々ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

伝えたいこと

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 今週水曜日の午前を休診にして青森県教育相談研究会で講演をしてきました。タイトルは「子どもの行動の陰に潜むもの〜子どもの心に寄り添って〜」
子どもの心の発達と愛着形成、愛着障害と発達障害、加えて子どもの問題行動への対応についてお話ししました。
講演の冒頭に「全ての事象には意味がある」と話し始めました。咳の意味、熱の意味、全ての物事には意味があります。同様に子ども達の様々な問題行動にもそれぞれに意味があります。発達障害の特性から来る行動もありますし、ストレスから来る心のサインもあります。それぞれに対応は異なります。先ずはその行動の意味を考えることが大切だと思っています。

 しかしそもそも大人は何故子どもの行動を問題と感じ、困ったり苛ついたりするのか?
三つの子ども像があります。1つ目は理想の子ども像、2つ目は自身が子どもであった時の自分の像、3つ目は現実の目の前にいる子どもの像。1や2が3と大きく異なると困った行動と感じます。しかしそこにはその行動の意味が考慮されてはいません。元々感情の話しなのですから無理はありません。しかし自分自身にそういう感情があることを理解して、その上で子どもの行動の意味を知り、適切な対応をとることが望ましいと考えています。つまり内省するところから始まるのです。

 自分が医療を出来る残された時間を考えています。そして自分が学んだことを次の世代に伝える必要があると考えています。そんな訳で皆様には多大なご迷惑をお掛けしましたが、敢えて休診にさせていただきました。謹んでお詫び申し上げます。


 写真は連休の初日に出掛けた八甲田。まだ膝は回復しておらずロープウェイで上がりました。ボードは大丈夫のようでした (^_^)v

 2018年の院長のひとことはこれが最後です。忙しくて更新できない週もありましたが、それなりに頑張ってきました。来年も出来る範囲で更新したいと思います。

それでは皆様、よい年をお迎えください。

『ない』ことの証明

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 今年のノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑先生がノーベル賞受決定後の初公演で、子宮頸がんワクチン問題について取り上げ、現在の「日本は国際的に見ても恥ずかしい状況」とコメントしたそうです。「科学では『ない』ということは証明できない。『ある』ものが証明できないことはない。『証明できない』ということは科学的に見れば、子宮頸がんワクチンが危険だとは言えないという意味だ」と述べ、「なぜこれを報道しないのか」「ルワンダなど(リソースの少ない国)でもワクチンを導入して子宮頸がんが減っている」「このことに関してマスコミの責任は大きいと思う」と述べられたそうです。
 先生は厚労大臣を訪問し、子宮頸がんワクチンの積極的接種再開の要請を行ったそうで、以前から医療経済やQOLの観点からワクチンを初めとする予防医療の重要性を繰り返し訴えていたと医学系のネットニュースに出ていました。現在の日本の状況を憂いておられるのでしょう。

 世界中で子宮頸がんが減少している中、日本だけが増加しているそうです。もし仮に神経症状のように見える副反応が子宮頸がんワクチンが原因だったとしても、その発生率は極めて低く、子宮頸がんに罹患するリスクとは比較にならないものです。自分の娘には接種しましたし、当院のスタッフも皆、自分の娘に接種しています。感情的なワクチン忌避論に左右されることなく、自分の判断で接種していただくことを願っています。

そう言えば、満員電車で痴漢と間違われ、無実を晴らすのに大変な思いをした話がテレビで出ていました。これも似たようなものでしょう。外来診療でも同じです。『ない』ことの証明はとても困難なのです。

 写真は二の丸辰巳櫓です。冬の弘前公園も良いですね。
やっぱりスマホのカメラは画質がいまいちですね。カメラを持って行けば良かった。
(^_^;

医学最新情報

 先週の土曜日は青森川崎病研究会、日曜日は予防接種・海外渡航合同研修会と続けて参加してきました。一年間にかなりの回数の学会、研究会に参加しています。それは最新情報を得て、自分のスキルを磨き、診療に役立てるためです。

 土曜日の川崎病研究会では川崎病の診断キットの情報を得てきました。川崎病は今も原因不明で、診断は症状からの診断しかありませんでしたが、川崎病で特異的に増加する蛋白があり、それを測定することで診断が可能となるだろうというものでした。典型的な川崎病は一目見ただけでそれと分かりますが、最近問題となっているのが不全型と言って症状の揃わない川崎病です。だからといって決して軽症という訳ではなく、心臓に後遺症を残すことも少なくありません。診断キットが出るとより早期の確実な診断に繋がり治療に役立つことでしょう。
日曜日の研修会もポリオや海外からの輸入感染症についての話題で、これは既に知っていることも多かったのですが再確認できました。早速、クリニックのスタッフと情報を共有し、外来に役立てたいと思っています。

 医学の進歩はめざましく、また最新でなくとも自分の知らないことも多く、常に勉強が必要です。しかし知らないことを学ぶことは楽しいことです。別に医学に限りません。知識欲や向上心はどの子も持っています。それを上手に引き出してあげたいものです。

吃音のこと

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 吃音、どもりのことです。
青森県かかりつけ医等発達障害対応力向上研修会、なんとも長い名前の研修会ですが、その研修会が日曜日に青森でありました。国の指示で発達障害の子ども達への対応を一般のかかりつけ医でも出来るようになることを目的として企画されたもののようです。今回2回目となるその研修会で吃音が取り上げられました。今、国では吃音や発達性協調運動障害(とっても運動が苦手な子)を発達障害の一つとして扱おうということになったそうです。
 実は僕自身に吃音があり、子どもの頃ことばの教室に通いましたし、高校の頃、辛い思いをした記憶もあります。今ではそれほど目立たなくなりましたが、完全には治っていません。講演で実際の吃音のフィルムが上映されると、それに同調してまた自分の吃音が悪くなるのではないかと胸が苦しくなりました。
そうか、自分も発達障害か・・・(^_^; 。

 時々、吃音の相談を受けます。以前、吃音に有効な治療はないと学びましたが、若しかすると何か有効な方法があるのかもと期待して講演を聴いていました。2人で一緒に文章を読むとどもらないとか、メトロノームに合わせた文章朗読でどもらない、など興味ある情報はありましたが、結局の所、やはり有効な治療法はないようです。ただ、軽快はしても、ほとんどそのまま一生治らないと覚えていたのですが、男児の6割、女児で8割の子が3年で自然回復するとありました。しかし小学校2年生ではっきり吃音のある子は思春期までは続くそうです。
 吃音は急激な言語発達の副産物とありました。けっして親の躾や環境の問題が原因ではありません。しかし自分の経験では心的ストレスが発症の引き金になることはあると考えています。吃音のある人は大脳の右半球の過活動があるそうですが、それはちょっと急激な言語発達とは合わない気もします。まあ原因や病態については今でも良く分かっていないのでしょうね。

 さて、治らなかった場合ですが、一番の問題は周囲の無理解です。周りからふざけるなと非難されたり、馬鹿にされたり、言い直しを無理強いさせたり・・・。それが元ででますます精神的な緊張を強いられ吃音が酷くなり、挙げ句の果てに人前で何も話せなくなったりします。吃音の対応で大切なことは、周囲がどもってもいいんだよと穏やかに聞いてあげることです。

 社会の自閉症などの発達障害に対する理解は少しずつ進んでいます。国が吃音を発達障害の一つとして対応するように求めた理由の一つは、吃音に対する社会の理解を促すことが目的でしょう。
もし貴方の周りに吃音の子がいたら、温かい目で見守ってあげてくださいね。

写真は2週間前に撮った弘前公園の紅葉です。もう紅葉も終わりですね。

インフルエンザワクチンの有効性

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 当院では3歳以上でこれまでに2回以上しっかりとインフルエンザワクチンを接種してある子は1回でいいよとお話ししています。しかし他の医療機関では小学生までは2回接種としている所が多く、不安に思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。厚労相の方針もそうなっており、添付文書にもそう書いてあります。

 先週の土曜日、つがる小児科医の会の学術講演会がありました。講師は大阪医市立大学公衆衛生学の教授のF先生です。まだ若い女性の教授でしたが、理路整然と分かり易く、とても面白い勉強になる講演でした。講演のテーマはインフルエンザワクチンの有効性についての疫学、統計学的な評価。皆さんも興味ありますよね。インフルエンザワクチンを接種していても罹ることはよくある訳で、本当に有効なの?と疑問に思われても仕方ありません。今日はその講演から。

 ある研究でインフルエンザワクチンの有効率を約25%と算出したのだそうです。しかしF先生がその研究の妥当性を再評価したところ、それは低すぎる、バイアス(偏り)が掛かっているとの結論で、出来るだけバイアスを排除した別の手法(Test-negative design)を用いて6歳未満児のインフルエンザワクチンの有効性を検討したところ、年によって差はありますが40〜60%だったそうです。その値は臨床的な印象とも合うように思います。そしてワクチンの1回接種の有効性の検討では過去に2回以上接種してあれば、2回接種と同等の効果とありました。
 これまで当院では、血液検査の抗体獲得の報告を参考に1回接種を勧めていましたが、疫学的な調査からも1回接種で充分なようで、講演を聴きながらほっと胸をなで下ろしました。ただ残念だったのは、ワクチンで脳症などの重症合併症の予防効果について質問したところ、その検討の国内での報告はないのではないかとのことでした。市内のS先生は2回接種してあっても脳症を合併した例を経験したと言っていました。インフルエンザの接種濃霧に関わらず合併症に対する注意は必要のようです。


 ところでインフルエンザワクチンの有効性60%とは100人にワクチンを接種すれば60人で効くという値ではありません。これはインフルエンザを発症した人のワクチン接種者と非接種者と相対評価で、ワクチンをやらずに発病した人のうち60%は接種していれば発症しなかったという値です。ちょっと分かりにくいですよね。
 もともとインフルエンザは何度か罹患するうちに免疫ができます。その免疫でワクチンをやらなくても罹らずに済む子も多いのですから、ますますワクチンの有効性を評価するのが困難になります

 少し残念なワクチンですが、まあ有効率50%前後ということで納得するしかないのでしょう。

いじめを考える その2

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先週に引き続きいじめをテーマにします。
厚労相はいじめの定義を「児童生徒が、当該児童生徒が在籍する等当該児童生徒と一定の人間関係のある他の児童生徒が行う心理的・物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」としています。
簡単に要約すれば「被害者が心身の苦痛を感じる行為は全ていじめ」ということでしょう。
いじめの定義を厚労相は時代に対応できるよう何度も変えてきています。行政は指導するために一定の定義が必要なのでしょうが、その対応は簡単ではありません。

これって「いじめ」?
事例①:球技が苦手はA君は、体躯の時間のバスケットボールの試合でのミスを他の子から責められたり、皆の前で馬鹿にされて嫌な気持ちになった。

事例②:Aさんは、算数の難しい問題を自分の力で解きたくて頑張って考えていました。それを横で見ていたBさんが「答えは○○だよ」と正解を終えたところ、Aさんは「自分でやりたかったのに!」と泣き出しました。

実際に厚労相が出した例題だそうで、どちらもいじめとしていますが、本当にそうでしょうか。いじめには加害者と被害者との関係性と、その行為の継続性が大きく関わると思うのです。悪気が無くても人を傷つけていることはよくあります。しかしどこからがいじめなのかは人によって判断が異なります。つまり同じ行為でもそれがいじめになることもあれば、ならないこともある。ただ行政としてはそれでは一律の対応ができませんから、全てをいじめとして対応すべきと言うのでしょう。それはそれで正しいとは思います。しかし十把一絡げの対応では歪みが生まれるのではないかと危惧します。先ずは悔しかったんだねと受け止め、加害者側の気持ちをも尊重し、それぞれに背景と対応を探って行く必要があるのだと思います。

今週の写真は既に晩秋の蔦沼です。先の連休、膝が治らず山へ行けない代わりに、蔦沼を散策していました。

いじめを考える

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 先週の日曜日、仙台で日本小児科医会の主催するカウンセリングセミナーに参加してきました。テーマはいじめと不登校。何か自分の診療のヒントを得られればと参加したのでした。講義はそこそこ面白くはありましたが、残念ながら自分の知りたかったこととはほど遠い内容でした。テーマが広すぎ、掘り下げるには深すぎたからなのでしょうか。

 小中学校の生徒へのアンケートでは9割の子どもがいじめの被害者、あるいは加害者としての経験があるそうです。いじめは子どもに限りません。大人社会でもあるのですから、若しかすると人が人である限りいじめはなくならないのかも知れません。いじめの根源は人間の欲にあるように思います。人は様々な欲の塊であるからこそ、ひがみや妬みが生まれ、それがいじめを生むのでしょう。しかしその欲は人間の営みそのものでもあるのですから、それを否定はできません。欲をなくし生きることができるか・・・なんだか宗教的になってきました。

 いじめがきっかけで不登校となり受診する子ども達はいますが、逆にいじめの加害者側が受診することはまずありません。いじめをする側は自分の行為をいじめと思っていないこともあるのでしょうが、その背景には被害者側より更に深い精神病理が潜んでいることが少なくないようです。しかしそれが受診に繋がることはないのです。

 今でも中学の国語の先生が授業で言っていたのを思いだします。優しさとは人の気持ちが分かることだと。今の社会に必要な教育とは共感性を養う教育ではないでしょうか。社会秩序の源は共感性にあると考えています。

写真は沖揚げ岱の唐松林です。